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=== Qualia Mystery ========================================

         クオリア・ミステリー

         第8号 (1999/03/16)

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クオリア・ミステリーは、科学的アプローチを基礎に、様々な側面

から心と脳の関係について考える未来感覚マガジンです。

このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を

利用して発行しています。( http://www.mag2.com/ )

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[ Qualia Mystery #8] 

 

Contents

・qualia@digital

・関連URL

・脳科学ニュース 「デジタルの蛾をつつく鳥」

・「春休み」のお知らせ

 

● qualia@digital

 

 「デジタルvsアナログ」という視点を対立的にとらえ、「デジタル

」は機械的で、「アナログ」は人間の感性に近いという議論があります。

カシオなどからデジタルの腕時計が発売された時や、アナログのLPに

変わってデジタルのCDが主流になり始めた時に、「アナログの方が本

来デジタルよりも人間の感性に近い」、「デジタル化することによって、

人間の感性の大切なものが失われる」という議論が聞かれました。

 しかし、脳の中で私たちの感覚を構成する質感=クオリア(qualia)

がどのように表現されているかというと、実はデジタル表現になってい

ます。確かに、ニューロンの細胞質内の生化学的反応のネットワークな

どは、連続的に変化するアナログの世界です。しかし、最終的に情報表

現の単位となっているのは、ニューロンの細胞膜上の活動電位であり、

これは完全な0か1かの世界です。ニューロンの活動と私たちの心の中

の表象の関係を考えたときに、私たちのクオリアは、ニューロンの活動

電位というデジタルな事象によって支えられているわけです。私たちの

心の中のクオリアそのものの基底にデジタルな事象がある、つまり

qualia@digitalというのが、私たちの心の状況なのです。

 qualia@digitalという視点から見ると、すでに私たちの心の中の表象

と同じような随伴現象が、デジタル・コンピュータの中で始まっていて

もおかしくないと思えます。コンピュータがアナログ機械ではないこと

は、コンピュータが私たちと同じような心を持つ上で本質的な障害とは

考えられないということです。(もちろん、原理的に考えて、アナログ

の機械に心が宿れるかどうかという問題は別です。)ただし、

qualia@digitalという視点から見ると、現在のコンピュータの中の情報

のコーディングは、脳の中のクオリアのコーディングとかなり様子が異

なっています。ニューロンの発火によるクオリアのコーディングは、ニ

ューロンの活動電位というデジタル・ユニットの間の相互関係に基づい

て行われていると考えられます。このような、相互関係に基づいたコー

ディングの基本原理が「マッハの原理」(Qualia Mytstery #7)です。

一方、コンピュータの中のデジタル・コーディングは、ビット列の集合

と情報の集合の間の対応関係(マッピング)に基づいています。例えば、

脳の中に私たちの「赤」のクオリアをコードしているニューロンの発火

のクラスターがあった時に、「赤」というクオリアはニューロンの発火

の相互関係から成立してきます。一方で、コンピュータの中の「赤」の

コーディングは、モニタやプリンタの上の出力との対応関係によって、

人間が指定しているものに過ぎません。現在のデジタル・コンピュータ

の中には、人間の心の中のクオリアを支えているようなビット間の相互

関係に基づくコーディングは存在していないのです。というよりも、

ビット間の相互関係に基づくコーディングを裏付ける理論体系が未だ存

在していないので、人工機械であるコンピュータの中にそれを実装する

ことが不可能なのです。

 私たちの心も、コンピュータも、同じ「デジタル」のテクノロジーに

よって支えられています。ところが、そのよって立つコーディング原理

が異なるため、現在のところコンピュータに私たちと同じ心が宿ってい

るということはできないのです。

 来年春の発売が予想されているプレイステーション2には、DVD

が搭載され、DVDの映像ソフトも見ることができるのではないかと噂

されています。デジタルの技術は進み、私たちの感性に対する訴求力も

大きくなってきました。人間の欲望は、クオリアに向かいます。デジタ

ル技術は、このような基本的な人間の精神の志向性をなぞる形で発展し

てきています。将来的には、デジタルに比べてアナログの方が人間の感

性に近いというメタファーは失われ、人々はデジタル表現を、人間の感

性のクオリアそのものに近い表現として受け入れることになるでしょう。

その場合でも、コンピュータのコーディング原理が全く新しいものにな

らない限り、コンピュータの中に私たちの心と同じようなクオリアが満

ちあふれているということにはならないでしょう。人工的に

qualia@digitalを実現するまでの道のりは、まだまだ遠いのです。

 

・関連URL

 

SCEI、プレイステーション2を発表

http://www.watch.impress.co.jp/pc/docs/article/990302/play.htm

 

ニューロンなどの脳の基本的知識tutorial

http://soc.ifisiol.unam.mx/Brain/segunda.htm

 

 

◆ 脳科学ニュース ◆ デジタルの蛾をつつく鳥

 

 デジタル処置技術は、視覚心理学をはじめとする脳研究にもニューウ

ェイヴをもたらしています。

 Nature 395, 594-596 (1998)には、Bondが、蛾をデジタル画像化し

て似たようなテクスチャのバックグラウンドに置き、アオカケス(blue

jay)が正しく蛾の位置をつつくと、報酬として虫がもらえるというパ

ラダイムで実験した結果が報告されています。1960年に報告された

論文の中で、Tinbergenらは、野外で虫を捕食する鳥は、新しい虫が現

れた場合、それがある程度の生息数に達するまで無視し、ある程度多く

見られるようになってから食べ始めるという現象を見いだしていました。

つまり、ある虫が捕食される確率と、その生息数の間には、正の相関が

あるということです。ここには、明らかに「統計的判断」を含む鳥の脳

の中のかなり高度の情報処理が介在しています。Bondらは、アオカケス

がつついたデジタルの蛾は「死んだ」として生息数の数の変化をシミュ

レートすることにより、野外と同じ現象を再現しています。デジタルの

蛾をつついて褒美の虫をもらうアオカケスがどのような気持ちなのかは

想像するしかありませんが、このような「デジタル環境」の中での研究

は、今後ますます新しい展開を見せていくでしょう。

 

(Bondらがデジタル化した蛾の画像は、

 

http://niko.unl.edu/~kamil/moths/vpmoths.htm

 

に掲載されています。)

 

●春休みのお知らせ

 

 Qualia Mystery #1〜#8までご愛読いただき、ありがとうございま

した。

 来週は1週休刊(春休み)させていただきます。次の発行は、3月

30日からの週になる予定です。

 春休みを機会に、Qualia Mystery #1〜#8を読まれた皆様からのご

感想をおうかがいいたしたいと思います。その結果を3月30日からの

Qualia Mysteryのfine tuningに反映させたいと思います。

 ご感想は、通常のテキストのメイルで、

 

 kenmogi@qualia-manifesto.com

 

まで、お願いいたします。

 皆様から寄せられたご感想の内容は、Qualia Mystery #9の中でご

紹介させていただきたいと考えています。よろしくお願いいたします。 

 

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○電子メールマガジン「クオリア・ミステリー」1999/03/16

発行者:茂木健一郎  kenmogi@qualia-manifesto.com

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