=== Qualia Mystery ========================================
クオリア・ミステリー
第7号 (1999/03/12)
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クオリア・ミステリーは、科学的アプローチを基礎に、様々な側面
から心と脳の関係について考える未来感覚マガジンです。
このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を
利用して発行しています。( http://www.mag2.com/ )
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[ Qualia Mystery #7]
Contents
・「マッハの原理」
・意識の研究の二つの国際グループ
● 「マッハの原理」
あなたがグランド・キャニオンの前に立っていると想像して見ましょ
う。どこまでも続くかと思われた平地がいきなり深い谷底に落ち、何万
年にもわたって積み重なって来た地層が色のグラデーションを見せてい
ます。遥か彼方の向こう側は紫のかすみの中にぼんやりと見え、谷底は
まるで別の惑星の風景のようにあなたを吸い込みそうになります。グラ
ンド・キャニオンのような圧倒的な地学的風景を見ると、人間は自分が
いかに小さな存在か思い知らされます。ぐらぐらといまにも転がり落ち
そうな岩の上に立っているハイカーの赤いジャケットが小さな点のよう
に見えるとき、あなたは実はあなた自身がそのハイカーのような頼りな
い存在であるということに気が付くはずです。
しかし、一方で、あたなの前に広がるグランド・キャニオンの雄大な
風景は、あなたの頭蓋骨の中のニューロンの活動がもたらした、あなた
の心の中の表象に過ぎません。どんなに広大な風景も、木星の極に現れ
るオーロラも、あなたがそれを認識する時はあなたの脳のニューロンの
活動から生まれる表象に過ぎなくなっているのです。自分が消えれば宇
宙も消えるというのは、いきすぎた唯我論かもしれません。しかし、宇
宙がいかに広大であれ、わたしの認識、すなわちわたしにとっての世界
の全てがわたしの脳の中の電気的信号からなるイメージの世界に過ぎな
いことは論理的に事実なのです。
わたしの心の中の「薔薇の赤」や「フルートの音」や「キャラメルの
味」といったクオリアは、因果的には外界の事物からの物理的刺激によ
って生じています。しかし、クオリアの質感そのものの本質は、外界の
事物との対応関係にあるのではなく、わたしの脳の中のニューロンの活
動にあります。脳科学者は、脳の中にある外界の特徴に選択的に反応す
るニューロンの活動が、わたしがその特徴を認識するメカニズムである
という立場をとってきました。しかし、現在ではこのような立場はクオ
リアのような認識のハードプロブレムを説明できないということがわか
っています。わたしの心の中の全ての表象がニューロンの発火によって
生じるものである以上、外界の事物との対応関係をそこに持ち込むこと
は本質的な解決にならないのです。
このことを端的に表したのが、「マッハの原理」です。アインシュタ
インの相対性理論の成立に大きな影響を与えたドイツの物理学者、哲学
者エルンスト・マッハは、ある「個物」の性質は、その「個物」と他の
「個物」の間の関係によって決まるという考え方(マッハの原理)を提
唱しました。私たちの心の中の様々なクオリアも、ニューロンの発火か
らマッハの原理を通して生まれてきます。つまり、わたしの心にとって
の全世界はわたしの脳の中のニューロンの活動であり、ニューロンの間
の相互関係が、わたしの心の中のクオリアの性質を決めるのです。
あたたの頭の中に、「グランド・キャニオン」を見た時にだけ現れる
ニューロンの活動パターンがあること、これは間違いないでしょう。し
かし、だからと言って、このような「外界との対応関係」が、グランド・
キャニオンを見たときにあなたの心が感じるクオリアの性質を説明する
わけではありません。確かに、因果的には、あなたの脳の中のニューロ
ンの活動は、グランド・キャニオンの岩、木、空から降ってくる光の集
合体があなたの網膜の細胞を興奮させることによって引き起こされまし
た。しかし、「グランド・キャニオン」の前に立ったときあなたの心の
中に生まれる豊かで複雑なクオリアの集合体は、あくまでもあなたの脳
のニューロンの活動から、マッハの原理を通して生まれてくるのです。
いわば、あなたにとって脳は全世界(ミクロコズモス)であり、広大な
外界(マクロコズモス)は、因果的作用を通してあなたの心の中に様々
な表象を生じさせるきっかけに過ぎないのです。
いきすぎた唯脳論、独我論は、世界の中のわたしのあり方の豊かさの
本質を見失うことにつながりかねません。しかし、一方で、論理的に言
えば、わたしの心の中の表象が全て脳の中のニューロンの活動の相互関
係によって引き起こされるものであることは否定しようがないのです。
脳と心の関係に関する理論は、この事実から出発しなければなりません。
◆ 脳科学ニュース ◆ 意識の研究の二つの国際グループ
今回は、意識を巡る研究が、世界的にどのような状況にあるかご紹介
します。目立つ動きを見せているのが、アリゾナの意識研究のグループ
http://www.consciousness.arizona.edu/
と「意識の研究に関する
連合」Association for the Scientific Study of Consciousness (略称
ASSC)
http://www.phil.vt.edu/ASSC/
です。
アリゾナのグループは、ペンローズとともに「マイクロチューブルに
おける量子力学的過程が意識に関与している」という仮説を出している
麻酔学者のStuart Hammerofが中心となり、2年に1回意識研究の国
際会議をArizona州Tusconで開いています。私も、昨年の会議には参加
しました。次回の会議は、2000年に開かれる予定です。アリゾナの
グループには、最近、The Conscious Mindでクオリアこそが意識のハー
ド・プロブレムだと主張して一躍有名になったDavid Chalmersも参加
しています。彼らは、ヒッピー・ムーヴメントの雰囲気を受け継いでい
るという感じの、ラフで未来志向の活動をしています。今年5月に東京
青山の国連大学で開催される意識に関する国際会議
http://www.ias.unu.edu/activities/tokyo99.htm
にも、アリゾナのグループが協力しています。
一方、ASSCの方は、どちらかと言えば「正統派、主流派」の脳科
学者、心理学者が組織している国際的な学術団体です。ノーベル賞学者
クリックとともに意識に関する論文をいくつも書いているカリフォルニ
ア工科大学のコッホも重要なメンバーです。こちらも定期的に会議を開
いており、今年は6月にCanadaのOntarioで会議があります。私も参加
しますので、このメール・マガジンを通してみなさんにご報告いたしま
す。
どちらのグループも、web上で様々なサービスを提供していますので、
意識研究に興味のある方は、ぜひそれぞれのwebpageを訪れてみること
をおすすめいたします。
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○電子メールマガジン「クオリア・ミステリー」1999/03/12
発行者:茂木健一郎 kenmogi@qualia-manifesto.com
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