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=== Qualia Mystery ========================================

         クオリア・ミステリー

         第5号 (1999/02/26)

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このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を

利用して発行しています。( http://www.mag2.com/ )

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[ Qualia Mystery #5] 

 

Contents

・「ゼルダ」に見るクオリアとアフォーダンス

・関連URL

・脳科学ニュース 「衝突までの時間」

 

●「ゼルダ」に見るクオリアとアフォーダンス

 

 NINTENDO '64の「ゼルダの伝説 ー時のオカリナー」は、「RPG

(ロール・プレイング・ゲーム)界の『風とともに去りぬ』」と評され

るくらいの仕上がりになっています。ゲームの完成度がここまでくると、

もはや、サブ・カルチャーとハイ・カルチャーの境界は曖昧になってき

ています。ストーリーに画像や音楽を張り付けるか、古風な漢語を張り

付けるかという表現技法の点を除けば、芥川賞をとった「日蝕」と「ゼ

ルダの伝説」はほとんど同じ世界を描いています。

 「ゼルダの伝説」では、青色のAボタンでアクションを起こしますが、

その際、画面に、今自分の目の前にあるものに対して「できること」が

表示されます。例えば、木の箱があった場合、その箱に「のぼる」こと

や、「つかむ」ことができると、テキストで表示されます。この、「の

ぼれること」、「つかめること」といった属性を、アメリカの心理学者

ギブソンは「アフォーダンス」(affordance )という言葉で表現しま

した。ここに、「アフォーダンス」とは、認識と行動を通して生体が環

境と相互作用する際に、ある環境の要素が生体にとって特定の機能性を

持つことを指します。例えば、「コップ」は単に透明の円筒として認識

されるのではなく、「水を入れられる」「投げてこわせる」「さかさま

にして、蟻を閉じ込めておける」といった「アフォーダンス」を伴って

認識されるというわけです。このように、ギブソンは、生態学的実在論

と呼ばれる立場から、認識が、脳の中で閉じたものではなく、環境との

相互作用を通した機能性の中にとらえられるべきであると主張しました。

開発者にはそのような意識は(おそらく!)ないと思われますが、「ゼ

ルダの伝説」というRPGは、画面上青ボタンの中に表示されるテキス

トで、「アフォーダンス」を表現しているわけです。

 日本では、東京大学の佐々木正人さんが「アフォーダンス」の重要性

について精力的に論じています。佐々木さんは、あるシンポジウムで、

ひっくり返ったカブト虫が紙の端やこよりなど、様々なものを使って起

き上がるビデオを見せました。その後、「私はこのようにして数十のア

フォーダンスを見つけました」と結論づけていました。この、「アフォ

ーダンスを○○個見つける」という言い方が大変面白く、印象に残って

います。この場合、ひっくり返ったカブト虫が起き上がるのを助ける環

境の中の要素が、アフォーダンスの単位となっているわけです。

 再び「ゼルダの伝説」に戻りましょう。「のぼる」、「たたく」、「つ

かむ」といったアフォーダンスをプレイヤーに認識させるためには、そ

れほど精細な画像は必要ありません。登れる壁は、ツタのようなテクス

チャで表現されていますが、「何となく登れる気がする」程度のグラフ

ィックス表現があれば、その壁に「のぼる」というアフォーダンスが得

られます。また、細長い水路があれば、水面に立っている波の様子の精

細な表現がなくても、「飛び越えられる」というアフォーダンスが得ら

れます。プレイヤーにアフォーダンスを認識させるためには、粗いグラ

フィックスで十分なのです。実際、メモリ的に制約のあるダンジョンの

中のグラフィックスは、粗い表現でうまく「アフォーダンス」を表示す

ることが求められていると言えるでしょう。

 アップル・コンピュータの創設時代に関わり、現在ディズニーのフェ

ローのアラン・ケイは、初期のビデオ・ゲームを評して、「デジタル画

像が粗くても、人々の情熱がますます高まるようになるのは何故だろう

か?」という意味の発言をしたことがあります。人々がある画像から「

アフォーダンス」を得るためには、高精細のグラフィックスは必要ない

のです。このことは、初期の「インベーダーゲーム」に熱中した人なら

ば、思い当たることでしょう。

 一方、感覚に伴う質感「クオリア」を問題にする場合、グラフィック

スの精度は、私たちの得るクオリアに直接影響を与えます。というより

も、グラフィックスの精度が、かなりの程度私たちの得るクオリア自体

の精度となるわけです。「アフォーダンス」は、環境の中の情報を生体

にとっての機能の側面からとらえた概念です。一方、クオリアの問題領

域は、機能主義とは無関係ではないものの、機能ではとらえきれない世

界にあります。「ゼルダの伝説」では、ストーリー展開の中に、時折、

映画のようにプレイヤーが受け身で見る場面が表示されます。グラフィ

ックス的にも高精細で凝った作りです。このようなシーンにアフォーダ

ンスを張り込んで、プレイヤー側からのアクションで画像をダイナミッ

クに変えることは、様々なリソースの制約で現在のところできません。

RPGの中の映画のようなシーンは、いわば、アフォーダンスよりもクオ

リアを優先させた場面であるということができるでしょう。このような

「クオリア」中心の場面は、却って、現在のコンピュータ・ゲームの限

界を感じさせます。どんなに美しい花が描かれたとしても、現実の花か

ら得られるクオリア(花びらのつや、その上に生えている繊毛の感触な

ど)にはまだまだ遠く及ばないのです。「花」がプレイヤーに対して持

つ「アフォーダンス」を表現する上では、現在のグラフィックスはすで

にかなりの力を持っています。一方、私たちの身の回りにあるありふれ

た「クオリア」を十分に表現できるようなグラフィックス技術は、まだ

まだ未発達なのです。

 「クオリア」と「アフォーダンス」というメタファーは、RPGのよう

な身近な例を含む、テクノロジーと人間の関わりを考える際に、様々な

手がかりを提供するように思われます。もちろん、これらの概念が心と

脳の関係を考える時に最も重要なもののうちに含まれることは言うまで

もありません。

 

<関連URL>

 

ゼルダの伝説 時のオカリナ

http://www.nintendo.co.jp/n01/n64/software/zelda/index.html

 

佐々木正人さん

http://www.jtnet.ad.jp/WWW/TASC/no54/sasaki.html

 

◆ 脳科学ニュース ◆  「衝突までの時間」

 

 飛行している鳩の前に、障害物が表れたとしましょう。鳩は、どのよ

うにして障害物に衝突するのを避けるのでしょうか? 問題点の一つは、

テクスチャなどの手がかりがない場合、障害物の大きさや、障害物まで

の距離を確実に知る方法がないことです。例えば、同じ形をした1メー

トルの大きさの物体が10メートル先にあるの状況と、2メートルの大

きさの物体が20メートル先にある状況は、テクスチャなどの手がかり

がなければ区別がつきません。

 実は、このような場合でも、「衝突するまでの時間」(time to

collision)を検出するという戦略をとると、物体の大きさや距離に関係

なく常に計算が可能になります。ただし、一定の速度で障害物に向かっ

て飛行しているものと仮定します。具体的には、物体の中心から端まで

の視角のタンジェントの自然対数を時間微分したものが、衝突するまで

の時間の逆数となります。衝突するまでの時間ならば、どのような状況

でも計算できるわけで、実際、鳩を含めた生物種がそのような戦略をと

っています。

 少し古くなりますが、Wangらが発表したTime to Collision is

signalled by neurons in the nucleus rotundus of pigeons (Nature

356, 236-238 (1992))の論文は、鳩の脳のnucleus rotundusと呼ばれ

る領域が、「衝突するまでの時間」を計算しており、ほぼ衝突1秒前に

なると発火するニューロンがあることを報告しました。著者らも書いて

いるように、このような研究は、今回紹介したアフォーダンスの概念を

提唱したギブソンの強い影響を受けています。「衝突するまでの時間」

は、ギブソン的な意味での環境に埋め込まれた認識の、もっともよく研

究された例であると言えます。

 

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○電子メールマガジン「クオリア・ミステリー」1999/02/25

発行者:茂木健一郎  kenmogi@qualia-manifesto.com

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