バックナンバー一覧へ

=== Qualia Mystery ========================================

         クオリア・ミステリー 

         Regular Issue 第32号 (2000/06/04)

===========================================================

-------------------------------------------------------------

クオリア・・・それは、赤い色の感じ、サックスの音色、薔薇の香り、

絹の手触りのような、感覚をつくる様々な質感。

いかにして、物質である脳の中のニューロンの活動から、これほどまでに

豊かなクオリアが生まれるのか?

この問題こそが、心脳問題のハード・プロブレムです。

 

クオリア・ミステリーは、qualia-manifesto.comが提供しています。

http://www.qualia-manifesto.com/index.j.html

-----------------------------------------------------------

 

[ Qualia Mystery #32] 

 

(Final release of stage 4)

(8 issues released for stage 4)

 

Contents

・くおりあ庵から

・クオリアな人々 池上高志

・再び、言葉の意味とは何か?。

・脳科学ニュース 社会の中でのイメージ・スコア

 

◆くおりあ庵(aka茂木健一郎)から◆

 

・クオリア・ミステリーのRegular Issue 4th Stageは、今号で終わります。御愛読、

ありがとうございました。

 恒例の夏休みということで、Regular Issue 5th Stageの発刊は、9月まで

お休みさせていただきます。また、コンセプトも新たに面白いコンテンツを

お届けしますので、お楽しみに。

 なお、9月までの3か月間は、Qualia Mystery Specialとして、

テーマを工夫したspecial issueを数回発行する予定です。

お楽しみに。

 

・7月から9月にかけて、朝日カルチャーセンターで講座

「脳と心の関係を求めて-「私」という物語ができるまで-」を開講いたします。

現在朝日カルチャーセンター(03-3344-1945)で受け付け中です。

インターネットでも申し込めます。

詳細は、

 

http://www.asahi.com/information/acc.html

 

(「人とその軌跡の探究」シリーズ 講座番号 0396633)

 

または

 

http://www.qualia-manifesto.com/asahi-culture2.html

 

を御覧下さい。

 

◆クオリアな人々 第11回 池上高志

 

 東大駒場の複雑系グループの中心人物、池上高志さんを「コワイ」

という人は多い。

 私の友人の言語学者、羽尻公一郎は、池上さんと最初に

あった時、「この人は武士のようでコワイ」と漏らした。その後、

羽尻はパリで池上さんに激しく攻撃され、それでかえって「愛」が深まった

と言う。

 私は、以前池上さんと長野善光寺の戒壇巡りの暗闇にいって、それで

友情が深まったように思う。

 私が案外深刻な問題だと思うのは、いわゆる複雑系の研究者の中に、

「キャラが立った」人たちが多いということに、複雑系の研究者たちと

つき合い初めてはじめて気がついたことである。別の言い方をすれば、

現代の多くの科学の分野で、キャラが立たない、言ってしまえば「代替

可能な」研究者が多いことは、科学論としても、科学人間論としても

重大な問題だと思っている。

 さて、池上さんは、複雑系の伝統である力学系のアプローチを保ちつつ、

おそらく日本で一番の鮮度を持って、人間の認知の困難な問題に取り組んで

いる。

 認知のような新しい分野に挑戦する上では、過去の知の枠組みのしがら

みを振り切るある種の思いきりと同時に、確固とした基礎も必要だ。

池上さんは、統計力学の大家鈴木増雄研で苦労してPh.Dをとって、

しっかり基礎を身に付け、今いい感じでふらふらとしている。

 複雑系が雰囲気の学問から真の意味での新しいパラダイムにつながるには、

何らかのブレイクスルーが必要だ。池上さんあたりに少しがんばってもら

うことが必要だろう。

 

◆Qualia Mystery Essay◆  再び、言葉の意味とは何か?

 

 最近、言葉の意味とは一体何なのか、気になって仕方がない。

 広沢虎造の「清水次郎長伝」を聞きながら夜の道を歩く。すると、

彼の独特の口調、節回し、間合いから、ある文学的感銘が沸き起こって

くる。この文学的感銘のある部分は、虎造の口演を書き起こして

テクストにしたものからも、伝わってくるだろう。しかし、テクストに

したのでは絶対に伝わらない、虎造の音声のクオリアを通して

初めて伝わってくる文学的感銘もあることは事実だ。

 より深刻な問題は、電車の中でノイズをかぶって虎造を聞く場合と、

静かな夜道で、沈潜して虎造を聞く場合には、後者の方がはるかに感銘が

深いということだ。なぜこれが深刻な問題かと言えば、いわゆる「言葉の

意味」は、前者の場合でも理解できている。ところが、文学的感銘の

方は、後者の方が遥かに深い。ということは、文学的感銘は、

言葉の意味を通して伝わってくるものとは限らないのだろう。

 言葉の意味を、音声言語でもテクスト言語でも通約可能なものとして

考えると、どこか本質を掴みそこなう。そのように思えてならない。

テクスト言語でも、文字がどのような手触りの、どのような紙に印刷

されていて、どのような本に装丁されているか。これが、文字どおり

本質的な問題をなすのだろう。もちろん、そのようなことに寄らない

「通約可能」な言葉の意味もある。通約可能であることによって、

一挙に開ける自由な世界がある。自然言語処理の研究は、そのあたりに

focusしているのだろう。しかし、通約不可能なことをどうとらえるのか?

ここには、クオリアの難問題がむき出しのまま現れている。

 

 

◆ 脳科学ニュース ◆ 社会の中でのイメージ・スコア

 

 脳が現在のような機能を持つようになった過程を理解する上では、進化

的な視点が欠かせない。特に人間においては、社会的相互作用が果たして

来た役割が重要である。

 私たちが、時に短期の経済的合理性を無視して他人のために何かをする

のは、すぐに見返りが期待できない場合でも、長期的に、コミュニティの

中での自分のイメージが良くなり、結果として自分が直接何かをしてあげ

た人以外からの間接的見返りが期待できるからでもある。

 このような、まあ常識的な結論を、Cooperation Through Image

Scoring in Humans. Wedekind, C & Milinski, M. Science 288,

850-852 (2000)は支持している。この研究では、スイスの大学の1年生

を、持ち金(スイスフラン)のうちいくらかを他人に寄付するという実

験に参加させた。過去にどれくらい寄付したかということが、スコアと

して表示された。結果として、過去に他人に優しかった(すなわちスコ

アが高かった)人が、より多くの寄付を集めることになった。

 技術的には、寄付を受けた人が寄付を与えた人に直接見返りをできな

いシステムになっているなど、この実験は面白い側面を持っている。し

かし、その結論は、常識の範囲を出ない。より興味深い問題は、私たち

の脳の中に、このようなイメージ・スコアのバランス・シートを保持し

ている、何らかのメカニズムが存在するのかどうかという問題であろう。

そのようなメカニズムは、確かに存在するように思われる。

 いずれにせよ、人間の社会性という複雑な現象に、コントロールされ

た条件下での人工的実験で迫るという研究の多くが、一種のカリカチュア

のように感じられるのは、どうしてだろう? 本当の問題は、今回の研

究のようにイメージスコアが常に表示されているわけではない現実の人間

の世界で、バランス・シートがどのように認知され、維持されているのか

ということだと思うのだが。

 

<End of this issue>

 

 次回のQualia Mystery Regular Issueは、9月上旬に発行する予定です。

それまでの「夏休み」期間は、数回のSpecial Issueを発行する予定です。

お楽しみに。

 Qualia Mysteryは、皆様からの御感想をお待ちしています。

 kenmogi@qualia-manifesto.com

 までお寄せください。

 お寄せいただいた御感想には、必ずお返事いたします。

 

===Qualia Mystery Publicatiojns Department=====================

 

 養老孟司編 

「脳と生命と心」

 

 哲学書房 3500円 ISBN 4-88679-071-2

 

http://www.trc.co.jp/trc/book/book.idc?JLA=00014935

 

養老孟司、茂木健一郎、郡司ペギオ幸夫、澤口俊之、松野孝一郎、池田清彦、

団まりな 他による、現代の私塾、養老シンポジウムの様子をまとめた本で

す。

養老氏は、このシンポジウムを、私費で運営されています。

養老氏曰く

「自分の金なら、何をやっても文句は言われない。そのようなところ

からしか、新しいものはうまれない」

21世紀への知の胎動は、ここから始まる。

 

==========================================================

 

===Qualia Mystery Recommends=====================

 

 進化心理学とフロイトの戦いは、どちらが勝利をおさめるのか?

 

 ジョン・ホーガン著、竹内薫訳、筒井康隆監修

 

 「続 科学の終焉」

 

http://www.trc.co.jp/trc/book/book.idc?JLA=00018940

 

 徳間書店 2500円

 

==========================================================

 

===========================================================

 

○電子メールマガジン「クオリア・ミステリー」2000/06/04

発行者:くおりあ庵=茂木健一郎 (脳科学者)

電子メイル kenmogi@qualia-manifesto.com

http://www.qualia-manifesto.com/qualia-mystery.html

  ↑読者登録、解除、バックナンバー閲覧ができます。

http://www.tcup1.com/155/kenmogi.html

  ↑クオリア・ミステリー掲示板開設中

http://www.qualia-manifesto.com/mail.html

  ↑心脳問題メイリング・リスト開設! 申し込みはこちら

【クオリア・ミステリーは、転載、転送を歓迎します。】

 

=======================================Qualia Mystery ====