=== Qualia Mystery ========================================
クオリア・ミステリー
Regular Issue 第31号 (2000/05/09)
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クオリア・・・それは、赤い色の感じ、サックスの音色、薔薇の香り、
絹の手触りのような、感覚をつくる様々な質感。
いかにして、物質である脳の中のニューロンの活動から、これほどまでに
豊かなクオリアが生まれるのか?
この問題こそが、心脳問題のハード・プロブレムです。
クオリア・ミステリーは、qualia-manifesto.comが提供しています。
http://www.qualia-manifesto.com/index.j.html
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[ Qualia Mystery #31]
(7th release of stage 4)
(8 issues planned for stage 4)
Contents
・くおりあ庵から
・クオリアな人々 松野孝一郎
・数式は物理現象を消す。
・私が出会ったクオリア 第10回by ガガティッシュ・ザメガズミ
・This Just In:意識の科学はすでにここにある Tuscon 2000
・脳科学ニュース 経験の豊かさでノックアウトを免れる。
◆くおりあ庵(aka茂木健一郎)から◆
・今回の「私の出会ったクオリア」は、ガガティッシュ・ザメガズミ
さんが御寄稿くださいました。ありがとうございました。
・7月から9月にかけて、再び朝日カルチャーセンターで講座をやるかもしれません。
詳細は、後程annouceさせていただきます。テーマは、心脳問題、特に、
最近考えている、「一回性の普遍性をどうとらえるか」ということになると思います。
・前号のコンテンツを、学会前のゴタゴタでちょっとさぼったので、今号は
盛り沢山といたしました。
◆クオリアな人々 第10回 松野孝一郎
松野孝一郎さんと言えば、複雑系のカリスマ、郡司ペギオ幸夫氏の
師匠で、知る人ぞ知る、独自の思想の持ち主である。
一方では、生命の起源に関する実験で、Natureに論文を発表したり
している。
(松野さんについて詳しく知りたい方は、gooかinfoseekで検索してみて
下さい)
さて、あるシンポジウムの際、私は、松野さんのちょっと面白い
振る舞いを見た。天才には奇行が多いというが、松野さんのその振る舞い
は、私には奇行の名にふさわしいものに思えた。
バイキングの朝食を食べていると、松野さんが入ってきた。
そして、おもむろに、コップに分注された飲み物の
置いてあるテーブルに行くと、
オレンジジュースとミルクの入ったコップを持って、テーブルに向かった。
そして、テーブルの上にコップを置くやいなや、二本とも飲み干した。
空のコップを置いたまま、また飲み物のテーブルに行き、
またジュースとミルクのコップを持って、テーブルに行きながら飲み干した。
このようにして、またたく間に松野さんのテーブルには、空のコップの
山ができた。
ひとしきり飲み終わると、
松野さんは、びっくりしているウェイトレスさんを呼んで、空のコップ
を片付けてもらった。
次に、松野さんは、サラダをとりに行き、皿を、テーブルの上に
直接置いた。
サラダが終わると、やはりウェイトレスさんに皿を片付けてもらい、
ソーセージや卵をとりにいった。
そのようにして、テーブルと料理の置いてあるテーブルを往復しつつ、
一品づつ片付けていった。
まるで、バイキングではなく、ジュースやミルクから始まる
フルコースの食事をしているかのようである。
松野さんは、いつもきちんと正装をした、まさに紳士としかいいよ
うのない風貌の方である。その松野さんが、「これが正しい食事法」
だとばかりに、独自のやり方を貫く様子を、私は同席者と一緒に目を丸
くして見ていた。
あからさまではないが、かなりdeepな奇妙さがそこにあった。
なんとも言えず、楽しかった。
弟子の郡司ペギオ幸夫さんも、奇行で知られている。奇行は独自の思想に
ついて回るのかもしれない。
◆Qualia Mystery Essay◆ 数式は物理現象を消す。
養老孟司氏は、「言葉はクオリアを消すためにある」と考えている。
赤い色の質感は、心の中でそのままとらえるしかないのであって、
その微妙な感じを言葉で表すことはできない。(このように、クオリア
について語っていること自体がそもそも矛盾を含んでいる)
言葉が、クオリアを消すとはどういうことか? 赤の質感は、それ
自体とらえどころがなく、扱いが難しい。しかし、それを一旦「赤」
あるいは「red」といった言葉にしてしまえば、あとは、クオリアの微妙さ
を忘れて、言葉の世界だけで、
「赤いトマトはカリフォルニアの情熱的
な太陽の下で育った。その赤と同じ色のシャツを私は今着ている」
などと
あたかもクオリアの微妙さが消し去られてしまったかのように
言葉を使うことができる。ヴィットゲンシュタインらによる、
英米哲学における言語論的展開は、必ずしも世界には言語しか
ないことを含意するのではない。しかし、言語的世界を中心にものを
考える人たちが、往々にしてクオリアの生々しい実在に鈍感なのは、
言葉がクオリアを消すからだ。
実は、言葉とクオリアの関係と似たようなことが、数学的な方程式と
物理現象の間にもある。惑星の運動は、ニュートン方程式
で記述される。あるいは、もっと精度を上げたければ、アインシュタインの
一般相対性理論で記述される。だからと言って、今実際に太陽の回りを
運行している惑星の運動という生々しい現象が、ニュートン方程式や、
アインシュタイン方程式と同じであるということにはならない。あの
巨大な木星が、太陽の回りを動いているところを想像して欲しい。
その生々しいリアルタイムの運動は、決して、ニュートン方程式と
同等ではない。これは、当たり前のことである。しかし、いつの間にか、
生々しい物理現象を消し去った数式の世界だけを扱うようになると、
世界が実は数式だったという気がしてくる。ここに、物理主義の落とし穴が
ある。
クオリアについての自然科学を打ち立てるためには、そもそもこのあ
たりのズレからみなおす必要がありそうだ。
◆私の出会ったクオリア◆ 第10回
ガガティッシュ・ザメガズミ
gzmgzm@mail3.alpha-net.ne.jp
コンピュータSE
ロシアの心理学者ルリアの本「偉大な記憶力の物語」(文一総合出版)に登場する
シュレシェフスキー。彼は無限の記憶力を持っていた人物として有名だ。ルリア
は彼を20年ほどにわたってテストしたが、どんな複雑な数字の組合わせをも覚え
ることができ、それを永久に記憶していることができた。私が注目したいのは、
彼がそれらを映像として記憶していたということだ。「スーパーセルフ」(未来社)
には、彼とともにユダヤの聖典タルムードを映像として記憶している人物も紹介
されている。
これを私のメルマガに書いたところメールを頂いた。読者の知人にも同様の人が
いるとのこと。本を読んだ後、頭の中の映像を見て、逆順に言うことができると
いう。柳澤桂子も映像で記憶するタイプ。「私は何かを記憶する時に完全にこの
視覚イメージに頼っているのである。たとえば、去年の私の誕生日のパーティに、
誰がどのような服装で、プレゼントをどんな色の紙に包んできたか。..すべて一
枚の絵となって鮮やかに記憶されている。..私にとって記憶を呼び起こすという
ことは、絵を取り出すことである」(「安らぎの生命科学」(ハヤカワ文庫))。
人間は、二種類に分類できるようだ。映像で記憶する人、映像で記憶しない人。
私は後者だが、映像で記憶することができれば、ずいぶんと役に立つような気が
する。
そこで私の関心事は、このタイプが固定的なのかどうかということだ。すなわち
何らかの訓練によって、映像で記憶する人になれるのか。また誰でもなれるのか。
例えば算盤ができる人は、頭の中で算盤の玉が動いているという。彼らは、もと
もと映像で記憶するタイプなのか。算盤ができる人はかなり多いので、そうとも
思えない。どのくらいの訓練で、そのようになるのか。また算盤の玉以外のもの
は、どのように記憶しているのか。などなど。私にはいろいろと追求したい課題
があるのだが、これもぜひとも追求してみたい。
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じます。真摯に物事を追求する姿勢に共感を覚えるメルマガです。
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コンピュータからオカルト、古代の神秘から現代の犯罪、物理学から心理学、カ
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右往左往しながらも、少しばかりは精神世界を探求するメルマガ。
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◆This Just In◆ 意識の科学はすでにここにある Tuscon 2000
Tuscon, Arizona, U.S.A.で4月10日〜4月15日に行われた
Towards a Science of Consciousness(Tuscon 2000)の印象記です。
Impressions from Tuscon 2000. Towards a Science of Consciousness--It is
already here.
Tuscon Conferenceは、次第にASSCに近付きつつある、しかし、ASSCと比べた時の
Tusconのユニークさは、引き続きこの会議の強さの源泉となっており、将来の
Consciousness Studyでこの会議の果たす役割は大きそうだ。そのような印象を受け
た。
ここで比較しているASSCは、Association for the Scientific Study of
Consciousnessが主催している、もう一つの意識の国際会議だ。今年の会議は、7月
にBrusselsで行われる。ASSCが、より伝統的な認知科学、脳科学にfocusしているの
に対して、Tusconは、より広いアプローチを拾い上げて来た。Tusconにはあって、
ASSCにはないものがある。例えば、ハメロフのように、意識と量子力学の間の関係を
探究するアプローチだ。また、意識の変性状態や、人類学的アプローチだ。今年の
Tusconにも、これらの非伝統的アプローチは存在した。しかし、会議のメインは、明
らかに従来的な脳科学、認知科学に置かれ、これらのplenary sessionを見る限り、
ASSCとの差はあまりなくなってきている。これは、良いことだ。なぜならば、意識に
関するhard evidence(もしそのようなものがあるとすればだが)は、依然としてこ
れらの伝統的アプローチから生み出され続けており、脳科学や認知科学をメインに置
くことは、科学的にも、戦略的にも重要だからだ。
では、Tusconはもう一つのASSCになってしまったのか? そんなことはない。ASSC
でははねられてしまうようなsoftなアプローチの論文も、主にposter sessionにおい
てaccomodateするというTusconの良き(と私は断言したいのだが)伝統は、今年も引
き継がれていたようだ。例えば、もっとも目立ったポスターの一つは、「意識の定義
は何か」というものだったが、これは、何と、参加者がそれぞれA8くらいの紙に自
分の意識の定義を書き込んで張り付けていくというものだった。このポスターは、当
初の予定を変更して会議の終了迄掲示され続け、数十の「意識の定義」が張り付けら
れた。このようなinformalで柔軟な運営は、ASSCなどの会議と比較した時のTusconの
良き伝統だと思う。この伝統は、最終日前夜に行われたPoetry SlamとZombie Blues
sessionに現れていた。Poetry Slamは、参加者が思い思いに意識についての詩を朗読
するというもので、次から次へと手が上がり、大いに受けていた。Zombie Bluesは、
Zombie (人間と機能的には同じ存在だが、クオリアなどの一切の心的表象を欠く存在
)について自作の歌詞で歌うセッションで、こちらもとても面白かった。ある意味で
は、これはTusconが持つもっともよいものを象徴する夜だったと思う。
実際にどのような発表があったかは、abstractのPDF file
http://www.imprint.co.uk/Tucson2000
を参照していただくことにして、一言で言えば、David Chalmersが最終セッションで
言っていたように、After all the talks, the hard problem still remains a hard
problemということに尽きるだろう。内容的には、率直にいって、大きな進歩があっ
たとは思えない。しかし、脳科学、認知科学では、次々と新しい知見が得られてきて
いる。考えてみれば、これらの分野は、本来的に心的表象をその本質的な探究の要素
にしてきた分野なのだ。それを明示的に意識するかどうかは別として。従って、脳科
学、認知科学の進歩は、それがhard problemの解決に寄与するかどうかは別としても
、science of consciousnessの進歩になるのだ。その意味では、science of
consciousness は、すでに始まってる、いや、とっくの昔に始まっていたということ
ができるだろう。
今回、もっとも楽しめたpresentationは、私にとっては皮肉なことに、David
Chalmers, John Searle, Daniel Dennetの3人の哲学者によるセッションだった。彼
等に共通していることは、自然言語のコントロールが完璧で、その喋ったことが、そ
のまま印刷して文章になるということだ。特に、Daniel Dennetについては、その話
の内容は別として、完璧なmaster of the natural languageは感動を覚えるほどだっ
た。私を含め、自然科学者は(特に物理屋、数学屋は)自然言語が壊れている。自戒
を含め、そのようなことを思った。そして、このことは、一見瑣末なことのようだが
、Consciousness Studiesの将来を考える際にも実は重要なことではないかと思えた
のだった。
◆ 脳科学ニュース ◆ 経験の豊かさでノックアウトを免れる。
マウスの特定の遺伝子をつぶす、いわゆるノックアウトの手法は、
利根川進とカンデルのラボで独立に開発され、その後特定の遺伝子
産物の学習機能などへの寄与を調べるために広く使われている。
Ramponたちが最近発表した論文では、海馬のCA1におけるNMDAレセ
プターが潰された。このレセプターは、海馬における空間及び認知記憶
の形成に不可欠なシナプスの長期増強(LTP)に深く関わっていると考え
られている。当然、NMDAレセプターをノックアウトされたマウスは、
学習の成績が悪くなると予想され、実際にそのような結果になった。
ところが、ノックアウトマウスを、単純なカゴではなく、様々な異なる
刺激が入った「豊かな環境」のカゴの中で毎日3時間、2か月に渡って
トレーニングすると、学習の成績が目に見えて向上した。研究者たちは、
回転車や家などのおもちゃを2日に1度交換して、マウスが新規な環境で
探索を続けられるようにすることで、ノックアウトのダメージを部分的に
キャンセルすることに成功したのである。
マウスは、NMDAレセプターに依存するLTPなしで、どのように
学習しているのだろうか? 海馬のNMDAレセプターに依存しないシナ
プスが増強されているのかもしれないし、あるいは、最終的な長期記憶の
貯蔵場所である、大脳皮質のシナプスが増強されたのかもしれない。はっきり
していることは、ノックアウトのダメージは、脳と言うシステム全体の
文脈の中であらわれるのであって、遺伝子と機能の間には単純な対応関係は
ないということだ。
Referece:
Enrichment induces structural changes and recovery from nonspatial memory deficits in CA1 NMDAR-1-knockout mice. Rampton et al. Nature Neuroscience 3, 238-244 (2000)
<End of this issue>
次号は、5月20日頃に発行の予定です。
お楽しみに。
===Qualia Mystery Publicatiojns Department=====================
養老孟司・茂木健一郎 vs 村上和雄・竹内薫
「脳・心・遺伝子 vs サムシング・グレート」
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===Qualia Mystery Recommends=====================
ジョン・ホーガン著、竹内薫訳、筒井康隆監修
「続 科学の終焉」
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徳間書店 2500円
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