=== Qualia Mystery ========================================
クオリア・ミステリー
Regular Issue 第27号 (2000/02/19)
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クオリア・・・それは、赤い色の感じ、サックスの音色、薔薇の香り、
絹の手触りのような、感覚をつくる様々な質感。
いかにして、物質である脳の中のニューロンの活動から、これほどまでに
豊かなクオリアが生まれるのか?
この問題こそが、心脳問題のハード・プロブレムです。
クオリア・ミステリーは、qualia-manifesto.comが提供しています。
http://www.qualia-manifesto.com/index.j.html
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[ Qualia Mystery #27]
(3rd release of stage 4)
(8 issues planned for stage 4)
Contents
・くおりあ庵から
・クオリアな人たち 第8回 フェルメール
・Qualia Mystery Essay: 再び「私」について
・脳科学ニュース 逆さめがねが街をゆく
◆くおりあ庵から◆
・現在発売中の「現代思想」別冊「現代思想のキーワード」(青土社)
に茂木健一郎@くおりあ庵が「脳」について解説しています。他に佐々木
正人さんによるアフォーダンス、河本英夫さんによるオートポイエーシス
の解説など。
<ちょっとノゾキ見> 「現代思想のキーワード」の「脳」から
素粒子の間の相互作用によって世界の時間発展を記述する還元論的な
世界観に留まらない、「物語」的としか言い様のない因果的発展方式を
考えることが重要だと私には思えてならないのだ。この「物語」の中で
は、一生に一度しか起こらないような「要素」の結びつきが、決定的か
つ永続的な意味を持つ。この物語的な時間発展の様式は、人間の心の中
では、豊かで多様なクオリアとして表象され、そしてこれらのクオリア
たちは、それを支えるニューラル・ネットワークの活動が感覚器や運動
器との間に持つ連関を通して世界とつながっている。このような世界の
発展方式を明らかにしてはじめて、私たちは心脳問題を本質的な意味で
解決ないしは変質させ、またスノウの言う「二つの文化」の間に何らか
の橋を架けることに成功するのではないか、私にはそう思えてならない
のである。
◆クオリアな人たち◆ 第8回 フェルメール
オランダのデルフトの画家、フェルメール(Vermeer, 1632-1675)は、
恐らく、史上もっとも美しくクオリアを描いた作家の一人だろう。
「牛乳を注ぐ女」(1658-1660)、「ターバンを巻いた少女」
(1660-1665)、「地理学者」(1669)は、いずれも、画面の左側から
差し込む光が、静物や人物の色と陰影の質感を静謐に照らし出している。
ここで描かれているものは何なのか? クオリアが、静謐に、永遠の
瞬間にとどまっているような風景。適当にRGBのパターンを2次元上に
並べれば、我々の脳はそれを解析して視覚的クオリアに変換してくれるが、
フェルメールの絵は、写真的な構図にはない何らかの変換を施して、
一つ一つのクオリアをより鮮やかに脳裏に焼きつけてくれる。
ところで、このような風景を美しいと感じる心は、動物においてすでに
始まっているのではないかと私は思う。例えそれを言語に表現できなく
ても。以前、宮崎の青島で海の中に佇んで沖を見ている一羽のサギに
出会って以来、私はそう思うことにしている。
◆Qualia Mystery Essay◆ 再び「私」について
今、私は心脳問題について次のような見通しを持っている。
いかにして、脳の中のニューロンの活動から「クオリア」が生まれて
来るのかと言う問題が「困難な問題」(hard problem)であり、
「私」の心にクオリアが感じられるという構造を支えている「志向性」
がいかにうまれるかというのが「より困難な問題」(harder problem)
であり、そもそも、全てを感じ、様々なものを要求する起点である「私」
がいかに存在するかというのが「もっとも困難な問題」(hardest problem)
である。もちろん、これらの3つの問題は関係しあっている。
脳の前頭葉が自我の中心であると特別扱いするモデルでは、「私」の
起源を説明したことにならない。なぜ、前頭葉の構造が「私」の中心に
なり、そこを起点とする「志向性」のネットワークができるのか?
これを、「全てはニューロンの発火の間の関係性で決まる」という
マッハの原理(Mach's principle)だけを仮定して、「0から」説明
しないと、問題を解いたことにならない。
「私」の問題については、いろいろ考えているが、まだ公に
できるようなモデルはできていない。
さて、将来、客観的に「このような条件を満たしたら、『私』が成立する
と言える」というモデルができたとする。その時、人間中心主義
で考えているよりも広い範囲の事象に、実は様々な形の「私」が随伴している
ということになる可能性がある。もちろん、現時点では、まったくの
憶測に過ぎないけども、例えば、猿や犬はもちろん、肝臓などの臓器、
細胞、海流、天候、宇宙、など、様々なものにプリミティヴな、変形した、
時間的空間的に全く異なるスケールの「私」が存在するのかもしれない。
「私」は入れ子で存在したり、分離したり、分割したり、融合したり
できるのかもしれない。
現時点では、「私」を成立させる客観的条件が何なのか判らない以上、
人間中心主義で考えることは安全だが何の根拠もないことである。様々な
形の「私」が世界に溢れているという可能性を考えておくことは、
それほど悪くない思考のトレーニングだと思う。
◆私が出会ったクオリア◆
今回はお休みです。千葉大の時間論をやっている哲学者のS谷さん、
御依頼している原稿、なるべく早く書いてくださいね。(TT)
*編集人から
「私の出会ったクオリア」の原稿を募集します。
800字以内でお書きください。
採用の方は、発行部数2400部以上のこのメルマガで、
10行以内で好きなことを広告ができます。
御投稿は、kenmogi@qualia-manifesto.comまで。
◆ 脳科学ニュース ◆ 逆さめがねが街をゆく
金沢大学の吉村浩一さんは、逆さめがねを使った視覚心理の研究の
第一人者だ。
逆さめがねは、直角プリズムをつかって、視野の上下や左右を
逆転させる。逆さめがねをかけた人は、徐々にさかさまに
なった世界に慣れていくが、やはり、最初は、視覚と運動の
コーディネーションがとれず、いろいろ奇妙な体験をする。
吉村さんが、千葉大の修士の学生だった川辺千恵美さんと組んで
書いた「逆さめがねが街をゆく」は、逆さめがね体験が持つ意味を
本当に掴むためには、コントロールされた実験室の空間ではなく、
実際に生活空間の中で試してみるしかないことを示す。生活空間の
中で見て、聞いて、動いて初めて判ることが沢山あるわけだ。
例えば、上下逆転眼鏡をかけて8日目のある日、ある被験者は、飛行機が
普通に飛んでいるように見えたのだけども、体がかゆくなって体の感覚に
意識が向くと、そのとたんに飛行機が上下逆になったそうだ。また、
街で人とすれちがうとき、眼鏡の横あたりで空間のねじれがあって、
すれ違う人が、そこでくるりと倒立から正立へ向きを変えて通り過ぎてい
く感じがするという。この二つの例は、視覚とボディ・イメージの微妙な
関係について多くのことを示唆する。生活空間という開かれたシステムの中
での我々の体験にこそ、脳について考えるための重大なヒントがちりばめ
られている。
逆さめがねが街をゆく ー上下逆さの不思議生活ー
吉村浩一・川辺千恵美 著 ナカニシヤ出版 1600円
<END OF THIS ISSUE>
次号は、3月5日頃にお届けいたします。
函館で行われる複雑系シンポジウムのこぼれ話などがあるかもしれません。
お楽しみに!!!
===この話を聞け============================================
3週間後に迫る!
登録なさった方へ:事前に電子メイルによる御質問、御要望を
受け付けています。
kenmogi@qualia-manifesto.comまで。
朝日カルチャーセンター公開講座
「脳と心、科学と文学」
ー心が脳を感じる時ー
by 茂木健一郎
3月11日(土)、25日(土)東京、新宿住友ビル
朝日カルチャーセンターにて
申し込みは(入会金不要)
朝日カルチャーセンター 03-3344-1945(直通)
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http://www.asahi.com/information/acc.html
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===Qualia Mystery Recommends===========================
イギリスの政治制度を描いたこのコメデイーは、笑いを
交えながら、人の社会の有り様についての、ほろ苦い
大人の認識を示している。
Yes, Minister
Written bu Antony Jay and Jonathan Lynn.
Starring Paul Eddington and Nigel Hawthorne.
Original broadcast from BBC.
Available from CBS Fox Video
Check out the amazon.com or cdworld.com websites.
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○電子メールマガジン「クオリア・ミステリー」2000/02/19
発行者:くおりあ庵=茂木健一郎 (脳科学者)
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