=== Qualia Mystery ========================================
クオリア・ミステリー
Regular Issue 第24号 (2000/01/09)
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クオリア・・・それは、赤い色の感じ、サックスの音色、薔薇の香り、
絹の手触りのような、感覚をつくる様々な質感。
いかにして、物質である脳の中のニューロンの活動から、これほどまでに
豊かなクオリアが生まれるのか?
この問題こそが、心脳問題のハード・プロブレムです。
クオリア・ミステリーは、qualia-manifesto.comが提供しています。
http://www.qualia-manifesto.com/index.j.html
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[ Qualia Mystery #24]
(8 th release of stage 3)
(Last Issue of stage 3)
Contents
・くおりあ庵からのお知らせ
・クオリアな人たち 第5回 リヒャルト・ワグナー
・Qualia Mystery Essay: デジタル、ネットワークの死角
・このクオリアで行こう:米の粉で作っただんご
・脳科学ニュース
◆くおりあ庵からのお知らせ◆・
・「クオリア・ミステリー」発行人、茂木健一郎による「量子脳理論」の
解説がただいま発売中の朝日新聞社発行の科学雑誌「サイアス」2月号
に出ています。
同号に掲載されている池田清彦氏による「心と脳」の議論も面白いで
す。「相互作用同時性の原理」や「クオリア」についても触れられています。
相互作用同時性の原理・・・脳の中で、ニューロンからニューロンに
情報が伝わる時には、心理的な時間の中では時間は経過しないという
原理。
◆クオリアな人たち◆ 第5回 リヒャルト・ワグナー
19世紀ドイツの作曲家リヒャルト・ワグナーの墓は、ドイツの
小さな町、バイロイトにある。
ワグナーは、おそらく、500年に一度くらいしかあらわれない
怪物的天才である。「トリスタンとイゾルデ」、「ニーベルングの指輪」
を始めとする彼のオペラ(楽劇)は、無形の世界遺産だ。
音楽は、音のクオリアが豊かな物語構造の中に埋め込まれる、
クオリアの芸術である。人間は、なぜかそのようなクオリアの世界に
接触できる。人間存在を進化論的にとらえることは、人間の接すること
のできるクオリアの世界にはかすりもしない。ダーウィンが終わる
ところから、クオリアが始まる。ワグナーは、クオリアに満ちた
深遠な音の物語を残してくれたのだ。
さて、彼の墓は、彼が晩年を過ごしたヴァーンフリートという館の
裏庭にある。ここを訪れた時、私は、彼の墓を見て、一種異様な感動を
覚えた。
墓石は、一枚の岩の板であって、そこには、何の墓碑名も、紋様も
刻まれていなかったのだ。
ワグナーの遺言で、一切の記銘をしないこと、献花をしないことになっ
ているということを後から知った。その遺言をいわば無視して、少数の
花が捧げられてはいたが。
一枚の岩板でしかないその墓を見て、私は、イェルサレムのイスラム教
の聖地である黄金のドームを思い出していた。マホメットがインスピレー
ションを得たというむき出しの岩をただドームで被っただけのシンプルな
聖地だ。キリスト教の教会のように、内部をごたごたと絵や彫刻で装おう
のではなく、ただ単にむき出しの岩を被うというその仕立てに、私は
イスラム教という宗教の激しさを見る。
ただ一枚の石だけが置かれているワグナーの墓にも、私は同じような
激しさを感じる。その激しさゆえに、彼は、「ニーベルングの指輪」の
ような作品を生み出したのだろうか?
ワグナーの墓の写真
http://www.qualia-manifesto.com/wagner.html
◆Qualia Mystery Essay◆ デジタル、ネットワークの死角
デジタル機器や情報ネットワークが人間の生活にとってこれからますます
重要になることは間違いない。
デジタル、ネットワークの成長をイメージする時には、年率何パーセント
というよりは、「少なくとも社会がこうなるまでは進むだろう」という
積分型のモデルの方がよさそうだ。例えば、各人のコンピュータが
1Gbpsでネットワークにつながり、ありとあらゆる電子機器に
IP(インターネットのアドレス)が付き、このようなインフラを利用した
様々なサービスも発達するところまでは成長が続くとすれば、まだまだ
当分は成長が続くことになる。
それはそれでいいとして、最近気になったのが、インターネットと
人間の脳の関係である。インターネットへの過度の依存は、人間の脳に
とってあまり良くないことなのではないか、そのように思えるのだ。
例えば、南の島で3日間ぼんやりしていて、それで初めて立ち上がって
くるような脳のプロセスがある。そのようにして初めて生まれてくる
新しいアイデアがある。
人間の脳は、外界と情報をやりとりしているモードと、自分の
中で何かを孵化させようとしているインキュベーションの時期のモードで
は、活動の様相が違うと思われる。常に大量の情報をネットを通して
やりとりしていると、この大切なインキュベーションの様相を
消してしまうのではないか、これがインターネット時代の死角なのでは
ないかと思うのだ。
ひょっとしたら、インターネットの発達は、人間の脳一つ一つは
陳腐なターミナルにして、そのような脳のつながったネットワーク全体
から何かが創発してくる、そのような状況をつくり出すのかも
しれない。
今、インターネットにアクセスする人と、そうでない人の間に、様々な
格差、デジタル・デヴァイドが生じていると言われている。確かに、私
も、インターネットはもはや仕事の上で、人とコミュニケーションする
上で欠かせない。だが、時にはオフラインで何かをインキュベーションする
ことをしないと、デジタル・デヴァイドはいつでもその有利不利が
逆転することになるのではないかと思えるのだ。
時にはUnPluggedにしてみませんか。
◆このクオリアで行こう◆ 米の粉で作っただんご
世間で得られているだんごは、本当のだんごではない。
普通に売られているだんごは、口に含むと、まるで溶けたプラスティッ
クのような「もちもちと連続した」クオリアが得られる。
これはこれで上品で美味しいという意見もあるのだろうけど、私には
物足りない。
私にとって、本当のだんごは、あのような「もちもちと
連続した」クオリアではなく、食べると「ああ、これはもとは
米だったんだ」と感じられる「湿った粉っぽさが一つになっている、しかも
香ばしい」クオリアが得られるだんごだ。
何が違うのか良く判らないのだが、どうやら、「本物のだんご」は、
原料に米の粉を使っているらしい。世間で売られているいわゆる「だんご」
とは原料が違うようなのだ。
私の育った郊外の都市には、「まきや」というだんご屋があって、
ここにこの本物の「だんご」のクオリアを感じられるだんごが
売られてた。この店のだんごのクオリアが私にとっては「絶対的な基準」
になっている。その後、いろいろな町でだんごを買ったが、同じクオリアを
提供しているだんご屋は、埼玉県飯能市に一軒あるだけだった。
デパートなどで売っているだんごは、ほとんど「偽物」の方である。
本物のだんごのクオリアは、絶滅する運命なのだろうか。
*「私が出会ったクオリア」は、今回はお休みです。
(依頼していた原稿が飛びました (TT))
*編集人から
「私の出会ったクオリア」の原稿を募集します。
800字以内でお書きください。
採用の方は、発行部数2300部以上のこのメルマガで、
10行以内で好きなことを広告ができます。
御投稿は、kenmogi@qualia-manifesto.comまで。
◆ 脳科学ニュース ◆ ニューロンの同期発火の意味
ニューロンとニューロンの間の情報伝達には、ある一定の時間がかかる。
例えば、網膜に視覚刺激が入力して、下側頭葉の形態視の中枢に活動が
生じるまでには、100ミリ秒かかる。アクソンを活動膜電位が
伝わり、シナプスで神経伝達物質の放出と吸収が行われ、それがシナプスの
後側のニューロンに伝わって、そこでまた活動膜電位が生じるまで、
5ミリ秒くらいの時間はかかってしまうわけである。
それにも関わらず、大脳皮質の上で空間的に離れたニューロン同士が、
1ミリ秒以下の遅れで同期して発火することがしばしばある。しかも、この
ような同期発火が、脳の情報処理上、重要な意味を持っているらしいのだ。
脳は、ニューロンからニューロンへの信号伝達の遅れを乗り越えて、1ミリ
秒以下の精度でニューロンを同期発火させるメカニズムをもっているとい
うことになる。
Traub et al. A mechanism for generation of long-range synchronous
fast oscillations in the cortex. Nature 383, 621-624(1996)は、この
ような同期を起こさせる際に、興奮性の錐体細胞(pyramidal cells)の間を
結ぶ介在神経(interneuron)が重要な役割を果たしているというモデル
だ。介在神経は、抑制性のシナプスを投射するニューロンである。このニュ
ーロンが、2つづつペアになった活動膜電位を生じさせることで、遅れの
ない同期を実現しているとした。このペアの活動膜電位の間の時間(4ー5
ミリ秒)が、興奮性細胞から次の興奮性細胞に信号が伝わる時間とちょうど
一致することで、遅れのない同期発火が実現している。
これらの遅れのない同期発火を行うニューロンの入力が一つのニューロンに
集約されると、そのニューロンはより発火しやすくなる。どうやら、遅れの
ない同期発火は、機能的に重要な第3のニューロンを「集中爆撃」する
ために脳がつくり出したテクノロジーのようなのだ。
(同期発火の問題は重要なので、またしばらくしてからやります。)
<END OF THIS ISSUE>
次号の予告
2000年1月23日発行予定
3rd Stageは、これでおしまいです。
御愛読有り難うございました。
「クオリア・ミステリー」の
御感想を、kenmogi@qualia-manifesto.com
までお寄せください。
必ずお返事いたします。
次回から、4th Stageが始まります。
ますますPowerUpする予定です。
お楽しみに!
===この話を聞け============================================
朝日カルチャーセンター公開講座
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ー心が脳を感じる時ー
by 茂木健一郎
3月11日(土)、25日(土)東京、新宿住友ビル
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===Qualia Mystery Recommends===========================
ワグナーの「ニーベルングの指輪」が初めてDVDになった。
メトロポリタン・オペラのオーソドックスな上演。
「ラインの黄金」
「ワルキューレ」
「ジークフリート」
「神々のたそがれ」
近くのCD、ビデオショップで見てみよう。
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発行者:茂木健一郎 (脳科学者)
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