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=== Qualia Mystery ========================================

         クオリア・ミステリー

         Regular Issue 第23号 (1999/12/25)

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クオリア・・・それは、赤い色の感じ、サックスの音色、薔薇の香り、

絹の手触りのような、感覚をつくる様々な質感。

未来は現在と違うものでありうる。それが、<未来感覚>です。

クオリアは、21世紀の人類の<未来感覚>に満ちた知的チャレンジの

可能性の中心です。

クオリア・ミステリーは、qualia-manifesto.comが提供しています。

http://www.qualia-manifesto.com/index.j.html

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[ Qualia Mystery #23] 

 

(7 th release of stage 3)

(8 issues planned for stage 3)

 

Contents

・くおりあ庵からのお知らせ

・クオリアな人たち 第4回 キリストのような哲学者 チャーマーズ

・Qualia Mystery Essay: 言葉は行使せよ。

・「私が出会ったクオリア」 第4回 竹内薫

・脳科学ニュース 人の遺伝子の配列決定

 

◆くおりあ庵からのお知らせ◆・

 

・メイル・マガジン発行人、茂木健一郎の、「心とクオリア」という

論文がComputer Today一月号の特集に掲載されています。

 

 

◆クオリアな人たち◆ 第4回 キリストのような哲学者 チャーマーズ

 

 デイヴィド・チャーマーズ(David Chalmers)

は、早口で喋る。そして、きょろきょろあたりを見回す。

 散れぢれの長い髪の毛を方まで延ばし、ラフなTシャツとジーンズに

身を包んだその姿は、海岸をサーフボードを持って歩き回るのが

似合っているように見える。

 しかし、彼は、クオリアを現代の心脳問題の中心に据えるのに貢献した

一人なのだ。The Conscious Mindという本を書き(日本語への翻訳は

まだ出版されていない)、クオリアの問題が、意識のハード・

プロブレム(難しい問題)だと指摘した注目の若手哲学者。オーストラ

リアからイギリスのオックス

フォードに行き、カリフォルニア大学へとつながった彼の地球遍歴は、

今、アリゾナ大学に取りあえずの停留点を見い出している。だが、

彼の遍歴は、まだまだ続くだろう。彼は、移動し続けずにはいられない

人間なのだ。

 チャーマーズは、垂直に降りていくというよりは、水平に流れて

いく指向性を持っているように思う。しかも、そのナヴィゲーションが

極めてクレバーなのだ。クオリアのような難問題は、垂直に

降りていこうとする人を立ち止まらせてしまう。チャーマーズは、巧みに

捕われることなく移動しつづける。そのクレバーな姿勢が、一種の信頼感、

「こいつは意識の問題に捕われたジャンキーではないな」という安心感を

呼び、彼の「意識のハード・プロブレム」といった問題提起を

受け入れられやすいものにしたのだろう。

 アリゾナには、クレーター、パイプオルガンのようなサボテン、巨大な

ガラスのドーム(Biosphere 2)のような、印象的なものが沢山ある。

そこに、チャーマーズが加わった。

 アリゾナ大学は、一種独特の吸引力を持った意識の研究センターになり

つつある。

 

David Chalmersのホームページ

 

http://www.u.arizona.edu/~chalmers/

 

◆Qualia Mystery Essay◆ 言葉は行使しろ。

 

 脳科学は、標準的な脳の中の標準的な情報処理のメカニズムを理解

しようとする。

 科学が、再現性のある結果を追い求める営みである以上、これは

仕方がないことだ。尋常ではない脳の中の尋常ではない情報処理の

メカニズムを再現性のある形で掴むことは難しい。もちろん、原理的に

不可能だというわけではない。滅多に起こらないことは、日常的に

起こることにくらべて、再現性のある法則を見い出すのが難しいという

ことだ。

 一方で、人間というものの本質が、標準的な脳の働き方よりも、むしろ

尋常ではない脳の働き方にあらわれるということもあることは否定できな

い。

 例えば、言葉。言葉の本質は、「おはよう、こんにちは。さようなら、

ありがとう。シングル1室ですね。御一緒にポテトもいかがですか」

などという、日常的な会話にではなく、人が一生に一回しか吐かない

ような言葉の中に存在するように思う。

 小津安二郎の東京物語で、笠智衆演ずる老父が、妻の亡くなった

翌朝、庭で一人で海を見ている。義理の娘役の原節子が迎えに来ると、

彼は、

「ああ、いい夜明けだった。今日も暑うなるぞ。」

と言う。

 この一言に込められた、無限の思い。

 このような一瞬は、老父の人生の中で、そう多くは訪れないだろう。

 だが、このような言葉の一回性は、今のところ、科学の研究の対象に

ならない。言葉を研究しようとしたら、どうしても、日常的な、在り来

たりの言葉の用法から始めるしかない

 結局、言葉はそのメカニズムを研究するものではなく、行使するもの

なのかもしれない。

 言葉は行使しろ。

 もし、言葉が、一回だけの言葉の一つ一つが、我々の人生にとって

重要なものならば、言葉は、研究するよりも行使しろ。

 もちろん、自然言語の研究は重要だ。しかし、同時に、言葉は

行使すべきものであることも忘れてはならないだろう。言葉の一回性は、

我々の人生の一回性と切っても切れない関係にあるのだから。

 

◆私が出会ったクオリア◆ 第4回

 

竹内薫(たけうちかおる)

科学哲学者、ミステリ作家。主な著書に「宇宙フラクタル構造の謎」、

「シュレディンガーの哲学する猫」、「宮沢賢治の星座ものがたり」

などがある。

さらに、湯川薫のペンネームで「ディオニソスの耳」、「虚数の目」

などのミステリ作品がある。

訳書には、「科学の終焉」、「知の創造」などがある。現在、カドカワ・

ミステリに連載を持つなど、幅広く活躍中。

http://kaoru.to

kaoru.takeuchi@nifty.ne.jp

 

 科学哲学者、

 

 クオリアにはじめて気づいたのはいつのことだろう。

 そうやって考えるとわからないのだが、おそらく高校一年のころだったように思う。

「おまえの見ている赤と俺の見ている赤は同じか?」

 などとクラスメートに議論をふっかけて、

「馬鹿かおまえ、そんなのわかりっこないじゃん」

 と一蹴(いっしゅう)された覚えがある。

 大学に入って、哲学と心理学の授業で、色の話をきいてびっくりした。

「色には物理的な色と心理学的な色がある」

 え? それってどういうことなの?

「だから、一つの波長で決まる色と、三つの波長による幻想があるわけだ」

 三つの波長、というか、感覚器官が色に関係している以上、色は単に物理学的な存在

ではないことになる。かなりの衝撃だった。

 それから心理学に凝って、二重らせんのパイプにぬるま湯と水を流して握ると、やけ

どをしそうに熱く感じることや、色によって視野が違うことなどに興味をもった。

 

 僕は単純な性格なので、情熱的な恋、などとひとりで勝手に舞い上がって、あげくの

はて、自殺しようと思い詰めたことが二度ほどある。周囲から見れば、たんに女に振ら

れただけのことなのだが、本人の主観的な世界では、どうしようもない悲劇が進行して

いたわけだ。

 元気なときと意気消沈しているときとでは、世界の色が違って見える。

 死にたいと思っているときは、殺伐とした色の世界がある。

 

 世界の色が褪せて見えるとき、僕は、詩をかく。

 詩は僕が見ている世界の色をそのまま描き出す。

 

 主人を慰めようと膝の上に乗ってきた猫の毛をなでてやりながら、死んでしまったら

、この暖かい毛の感覚も消えるのだな、などと考える。

 逆に、猫も僕の体のぬくもりを失うのだ。

 なんだか猫がかわいそうになって、死ぬのを思いとどまった。

 やけに単純な理由だが、クオリアが関係していることはまちがいがない。

 

 丸山圭三郎の云うところの「身分け」(みわけ)とかフッサールの云うところの「本

質直感」というのがクオリアに近い意味をもつように感じる。(誤差はあるだろうが)

 

 クオリアを意識するときというのは、それによって感情が大きく揺らぐときなのかも

しれない。

 心の琴線に触れる・・・

 使い古された言葉だが、そういう芸術的な体験は、ある意味で、人工的な(あるいは

自然な)クオリア体験を再現してみせる技巧なのかもしれない。

 

 たとえば、パット・メセニーが、

「世界のすべては音楽と化す」

 というとき、そこにあるのは、クオリア一色の世界なのかもしれない。

 

 丸山圭三郎が「言分け」(ことわけ)という表現で「身分け」と区別した世界が人間

にはある。言葉によって世界を分節化していくことができるのは主に人間に限られた特

殊能力だと云われている。

 その言葉の魔力によって、原初的な美しいクオリアの世界は、ずたずたに切り刻まれ

てしまう。 

 でも、おそらく、

「世界のすべてがテクストと化す」

 とき、僕たちは、殺伐とした「言分け」の世界から滑り落ちて、ふたたび、生きたク

オリアの世界に戻ってくることができるような気がする。

 僕はそのような境地に達していないので、クオリア的な文章(?)が書けないのだが

 本来の意味でのエロスというべきか。

 

 そうそう、僕のクオリア体験を書かなくちゃいけないんだっけ。

 

 むかし、モントリオールで見たドイツ組の花火。

 花火が風に流れて、柳の枝のように僕の頭上に降りそそいだ。

 やけにきれいだった。

 理由もなく、涙が頬を伝って流れた。

 なぜだか、いまでもわからない。

 

 

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ホームぺージ(http://kaoru.to/)に猫の小ギャラリーを開きました。ご来店、お待ち

申し上げます。

 

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*編集人から

 

「私の出会ったクオリア」の原稿を募集します。

800字以内でお書きください。

採用の方は、発行部数2200部以上のこのメルマガで、

10行以内で好きなことを広告ができます。

御投稿は、kenmogi@qualia-manifesto.comまで。

 

◆ 脳科学ニュース ◆ 人の遺伝子の配列決定

 

 Nature 402, 489-495 The DNA sequence of human genome 22は、

人の染色体上の塩基配列を史上初めて決定した論文として話題になりました。

今回決定された22番染色体上の塩基配列は33、4メガ塩基であり、その

上に、少なくとも545の遺伝子が載っていると推定されています。

22番染色体は、人間の染色体の中で2番目に短いもので、全体の約1.6%

〜1.8%の塩基対に当たります。

 このような研究は、「科学的発見」というよりは、電車が予定通り

入ってきた(あるいは、少し早く入ってきた)というようなものだという

シニカルな見方もありますが、まずは取りあえず、研究グループの

御苦労に対して拍手を送りたいと思います。

 遺伝子の塩基配列が決定されても、それは、人間を理解する長い研究の

第一歩に過ぎません。特に、遺伝子とはまた異なる情報システムと言える

脳の研究と、遺伝子の研究がどのように結びついていくか、ここには、

まだまだ深い思索を要する問題が沢山横たわっていると言えるでしょう。

 

<END OF THIS ISSUE>

 

次号の予告

2000年1月9日発行予定

 

・クオリアな人たち 

・Qualia Mystery Essay 

・「私の出会ったクオリア」

 

など内容満載でお届けします。お楽しみに。

 

===この話を聞け============================================

 

朝日カルチャーセンター公開講座

「脳と心、科学と文学」

ー心が脳を感じる時ー

by 茂木健一郎

3月11日(土)、25日(土)東京、新宿住友ビル

朝日カルチャーセンターにて

申し込みは(入会金不要)

朝日カルチャーセンター 03-3344-1945(直通)

http://www.qualia-manifesto.com/asahi-culture.html

http://www.asahi.com/information/acc.html

 

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===Qualia Mystery Recommends===========================

 

 動くフェルメールの絵画である。

 小津安二郎 「東京物語」

 松竹ホームビデオ、あるいはレンタル。

 

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○電子メールマガジン「クオリア・ミステリー」1999/12/25

発行者:茂木健一郎 (脳科学者)

電子メイル kenmogi@qualia-manifesto.com

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