=== Qualia Mystery ========================================
クオリア・ミステリー
Regular Issue 第20号 (1999/11/14)
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クオリア・・・それは、赤い色の感じ、サックスの音色、薔薇の香り、
絹の手触りのような、感覚をつくる様々な質感。
未来は現在と違うものでありうる。それが、<未来感覚>です。
クオリアは、今の人類の<未来感覚>の中枢にあります。
クオリア・ミステリーは、qualia-manifesto.comが提供しています。
http://www.qualia-manifesto.com/index.j.html
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◆<日本経済新聞日曜日科学欄連載中 「意識のナゾ」をよろしく。◆
11/14の第11回記事のテーマは「顔は口ほどにものを言う」。11/21の次
回が最終回です>
過去の記事
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[ Qualia Mystery #20]
(4th release of stage 3)
(8 issues planned for stage 3)
Contents
・姉妹紙「心脳問題Request For Comments」について。
・クオリアな人たち 第2回 「ダーウィンの子孫の書類整理法」
・Qualia Mystery Essay: 「一度しか起こらないこと」
・「私が出会ったクオリア」 第1回 中村亨
・脳科学ニュース 劇的に変わる脳の常識
◆qualia-manifestoからのお知らせ◆・
クオリア・ミステリーを御愛読いただき、ありがとうございます。
姉妹紙「心脳問題Request For Comments」は、不定期刊で、本格的な
論文から、心についての個人的体験記、新刊書の要約、
Multiple Book Review(複数の書評と、それに対する著者の反論)
など、査読を経たクオリティの高い情報をお届けしています。
今まで6号発行されています。
最新号は、蛭川立の新刊書
『性・死・快楽の起源:進化心理学からみた<私>』
の要約です。
(この号のQualia Mystery Recommedsの項を御参照ください)
近刊予定としては、体外離脱体験の詳細なレポートがあります。
皆様の御登録を、
http://www.qualia-manifesto.com/rfc/magazine.html
でお待ちしています。
◆クオリアな人たち◆ 第2回
「ダーウィンの子孫の書類整理法」
ケンブリッジの生理学者、ホラス・バーローは、1921年生まれ。
長老の脳科学者だが、今でも元気に自分の研究室を持っている。うさぎや
カエルの網膜で動きを検出するニューロンを見つける、ノーベル賞級の
業績を上げた。その後、計算論的な神経科学に転じ、「認識のニューロン
原理」を提案するなど、ゴッドファーザー的な存在になった。最近話題の
「脳の中の幽霊」のラマチャンドランも、彼の研究室にいたことがある。
その他、神経科学業界の有名人で、彼にお世話になった人は多い。
私がバーローのことをこんなに知っているのも、私(茂木健一郎)が、
彼の研究室に2年間留学していたからだ。
バーローは陶器のウェッジウッド家と進化論のダーウィン家につなが
るという名門の出なのだが、彼を見ていると、科学を離れた、処世術
においても、名門のディープな叡智を感じることが多い。
例えば書類整理法。
彼のところには、毎日大量の郵便が来る。バーローは、10時過ぎから
のお茶の時間に、これらの郵便を整理する。次々と開封する。さっと眼を
通す。そして<お茶と一緒に食べる、ビスケットの包み紙と一緒に>
郵便をゴミ箱にぽいぽい捨てる。
そして、「あとで必要な書類もあるかもしれないのに」と思う
私をハラハラさせる。
このような、判断の素早さ、潔さが、とても素敵だ。
ある時、彼は、送られてきた書類を挟んでいたクリップだけを取り出して、
こう言った。
「この郵便で役に立つのは、このクリップだけだ。」
◆Qualia Mystery Essay◆ 「一度しか起こらないこと」
視覚心理実験の被験者になるのは、退屈な経験だ。
データのシグナル/ノイズ比を上げるために、同じ刺激を見ることを
何回もくり返す。あまりの退屈さに、どうしても、いろいろな想像で
紛らそうとする。ある時は、私は、友人に、30分くらい、中心から拡
大する四角を見せられて、そのうち自分が巨大な宇宙船の中から暗黒の
宇宙を見ているという壮大なファンタジーを作り上げてしまった
ことがある。彼が、その時のデータを論文に使ったのかどうかは、
知らない。
最近はやりのPET, fMRIなどの脳の非侵襲計測においても、被験者は
同じ刺激を見たり、同じことをしたりということを、何回もくり返す。
科学が、再現性を標榜する限り、これは仕方がないことである。
ところが、困ったことがある。私たちの脳は、一生で一度しか起こらな
いようなことにも、うまく対応できるようになっている。しかも、
このような、一生で一度しか起こらないようなことの方が、脳という
ものの本質を考える時には重要であったりするのだ。
例えば、ある子供が、生まれて初めて花火を見る。そして、泣く。
その時、脳の中で何かが起きる。二度目に花火を見ても、その子は
もう泣かない。初めて花火を見た時に脳で何が起こったのか、検証
することはもう不可能だ。しかも、どんな子供でも、初めて花火を
見た時に泣くとは限らない。だが、この子供にとって、生まれて初めて
花火を見て、泣いたという経験が、重要なものであることは確かだ。
ひょっとしたら、人生の方向性さえ左右するかもしれない。
私の場合、一度しか起こらなかったことが、実際人生を左右している。
すなわち、クオリア(感覚の持つ質感)の問題に目覚めたことだ。
「脳とクオリア」(日経サイエンス社、1997年)の前書きに書いた
ことだが、電車の中に乗っていて、がたんごとんという音を聞いていた。
そして、その音の質感が、生々しく迫ってきた。周波数で分析しても、
何の意味もないことがわかった。たいていの脳科学の話は、周波数で分析
するようなもので、クオリアのなぞには全く迫れないことがわかった。
脳の中で、一度しか起こらないことが起こってしまったのだ。
それで、私の人生は、クオリア中心に変わってしまった。
人との出会い、恋愛、死、覚醒。一生に一度しか起こらないことが、
私たちの人生で重要な意味を持つことは、誰でも知っているだろう。
これらのことは、間違いなく脳の中で起こっている。だが、今のところ、
脳科学は、このような「一度しか起こらないこと」に迫れない。
脳科学者は、一生懸命やっている。その一生懸命が、そのうち、
「一度しか起こらないこと」に迫れるだろうか。迫れなければ、困る。
◆私が出会ったクオリア◆ 第1回
中村亨(フリーの数学者)
AKIRA <BXC04314@nifty.ne.jp>
サリンジャーはプライバシーを知られることには非常に慎重なのだが、最近、
教え子に出したラブレターをオークションにかけられてしまいアメリカ中の同情
をかった後、めでたくアンチウイルスのノートン氏によって買い戻してもらえ
た。昔、大学の英語の授業で彼の『バナナフィッシュにうってつけの日(A
Perfect Day for Bananafish)』を読んだ。作者は主人公の(多分)自殺と言う
結末を持ってくるために、ぎらぎら照りつける夏の日差しや、過干渉な親、スノ
ッブな主人公など、やたら神経を逆なでする、イライラするクオリアの言葉のつ
ぶてをまきつづけたのだ、と言う感想を試験で用紙の両面に書きまくったらAを
もらえた。担当の亀井氏とは、なんとなく波長が合いそうだったが、午後の最初
の授業だったせいか出席を取られて5分もしないうちに寝てしまうのが常であ
り、名指しで質問されたときなぞはあろうことか暫時呆然と立ち尽くしてしま
い、「はい、次の人」と言われてしまったものだから、首尾良く終わったこの試
験のことはとても良く覚えている。
一応、念のため、今回、改めて読んだ。(新潮文庫の『ナインXトーリー
ズ』所収)
確かに、そこには、イライラするクオリアをもたらす言葉がつづられており、
の筈だったが、何かが違うのだ。そこまで、こちらが抑圧されるようなイメージ
を持てない。
面白い。どういうことだ。
試験の経験が強烈な体験だったからと言って、試験の後、この小説を一度も読
んでないのだから、受けたイメージが変容したことは否めない。二十歳頃と言
う、読んだときの自分の心理状態が投影されただけなのかもしれない。勿論、授
業では英語を読んでいたのであり、英語でこそ伝わるニュアンスのせいかも知れ
ない。たしかに、日本語に置き換えるとぼけるというか伝わってこないニュアン
スはある。あるいは、亀井氏の解釈がすりこまれたのか。こと、サリンジャーに
ついては、彼の独特の語法こそが物語の世界の土台であると言われる。彼の語法
と通常の語法の壁、英語(米語?)と日本語の壁を超えてイメージをつかめた、
幸せな体験だったのかも知れない。
ところで、僕は結末で救われなくなった。年を取るのは良いのか悪いのか。
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中村 アキラ( BXC04314@nifty.ne.jp )
※昔の専門は代数幾何学でしたが、世渡りのために、統計も操っております。
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◆ 脳科学ニュース ◆劇的に変わる脳の常識
ベルリンの壁が崩壊してから、10年が経った。あの時、私たちは、
世界が1日で変わりうることを学んだ。
脳科学でも、最近、従来の固定観念を覆すような発見が相次いでいる。
成人の脳では、もはや新しいニューロンはできないと思われていた。
しかし、まず、長期記憶の形成に欠かせない海馬で、成人でもニューロンが
新しくできていることが発見された。続いて、これは猿だが、ニューロンが新しく
形成され、しかも脳の中をターゲットの大脳皮質の領域まで
移動していることがわかった。ヒトでも、同じような現象が起きている
可能性が高い。一番最近では、大脳皮質で、ニューロンとニューロンが直
接電気的に結ばれて、機能的に重要な役割を果たしているケースがあるこ
とが分かった。これらの知見は、
全て、脳科学者が長年持っていた固定観念、すなわち「成人ではニューロン
は新しくできない」、「中枢神経系には化学的シナプスしかない」を
覆すものであった。
科学における固定観念というベルリンの壁は、一つの実験で簡単に崩壊
する。こうして、私たちは、少しづつ真理に近付いていく。
参考文献
ヒトの海馬で新しいニューロン
Eriksson PS, Perfilieva E, Bjork-Eriksson T, Alborn AM, Nordborg C,
Peterson DA, Gage FH. Neurogenesis in the adult human hippocampus.
Nat Med 1998 Nov;4(11):1313-7
大脳皮質で新しいニューロン
Elizabeth Gould, * Alison J. Reeves, Michael S. A. Graziano, Charles G. Gross
Neurogenesis in the Neocortex of Adult Primates Science 286: 548-552,
1999.
大脳皮質に電気的シナプス
MARIO GALARRETA AND SHAUL HESTRIN
A network of fast-spiking cells in the neocortex connected by
electrical synapses
Nature 402, 72 - 75 (1999)
<END OF THIS ISSUE>
===この本を買え============================================
ミステリーを解く鍵になるのは、哲学者が「クオリア」と呼んでいる
ところの、風が風であることを知らせるような。夕焼けが夕焼けである
ことを知らせるような「質感」にあるという。その「クオリア」が脳と
心を結び付ける。学者にありがちな理屈っぽさは微塵もない。同じ「生
きて死ぬ」人間同士の哀歓が行間を漂う。
ー「生きて死ぬ私」の産経新聞掲載の書評よりー
<全ては脳内現象に過ぎないのか>
茂木健一郎 「生きて死ぬ私」 1700円
徳間書店より好評発売中。
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===Qualia Mystery Recommends===========================
地球上の全人類が、数十年以内に訪れる<私>の死という不条理に直面
している。
プレ・モダンな血縁主義や神秘主義に逆行する誘惑に抵抗しつつ、われわ
れは、近代ヨーロッパ的な<私>という概念からいかに解放されうるだろ
うか。
蛭川立著 『性・死・快楽の起源:進化心理学からみた<私>』
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