=== Qualia Mystery ========================================
クオリア・ミステリー
第16号 (1999/05/25)
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クオリアとは、「赤い色の感じ」のように、私たちの感覚を構成する
ユニークな質感を指します。
クオリア・ミステリーは、科学的アプローチを基礎に、様々な側面
から心と脳の関係について考える未来感覚マガジンです。
このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を
利用して発行しています。( http://www.mag2.com/ )
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[ Qualia Mystery #16]
(LAST release of stage 2)
(8 issues released for stage 2)
Contents
・自然と人間の創造性
・脳科学ニュース プラスティック化された身体
・お知らせ
●自然と人間の創造性
ウィーンに1週間出かけてきました。
ウィーンの国立歌劇場で、ズビン・メータ指揮のウィーン・フィル、
マーラーの3番を聞きました。この長大なシンフォニーを、メータは暗
譜で指揮していました。120次方程式のような複雑で豊かな音の広が
りに身をゆだねながら、人間の創造性について考えました。
しばしば、人間だけが持つ特質として、「創造性」が挙げられます。
現在のコンピュータには、美しい音楽を創ったり、自然法則を発見した
りしたりといった創造性がありません。人間が「創造性」を持つことと、
私たちが意識を持つことは関係しているという考え方(例えばペンロー
ズ)もあります。
私は、現在、人間の脳の中のニューロンの活動に基づいて、私たちの
心の中の全ての表象が生じると考えています。私たちの心の中の「赤い
色の感じ」や、「ワインの味の質感」などのクオリアや、私たちの心が
「何かに向けられている」という性質(directedness)を表す「志向性」
(intentionality)のような表象の要素は、全て脳のニューロンの活動
に基づいて生じると考えています。
しかし、このことは、この世の中で、心的表象を生じさせるものが、
脳のニューロンの発火だけであるということを意味するわけではありま
せん。第一原理から、心を生じさせるものがニューロンの活動に限られ
るということが示されるわけではないのです。むしろ、この世界の様々
な現象に、人間の心ほど複雑でも高度でもないが、何らかの心的現象が
宿っている可能性を否定できません。ニューロンだけが特別だという考
え方には、無理があるように思います。
同じように、創造性は、自然界に広く見られる現象であり、人間の示
す創造性は、そのような、自然界に広く見られる創造性の高度に発達し
た一例に過ぎない、そのように考えた方が自然であるように思われます。
ここで、自然界に見られる創造性とは、蝶の羽根の美しい模様や、水
面に照り生える太陽の光のパターンや、空の雲の形などに見られる複雑
で多様なかたちのことです。マーラーのシンフォニーのようなもっとも
高度な人間の創造物も、自然界に広く見られる創造的傾向の延長線上に
あるのでしょう。そして、このことと並列的に、人間の意識、心も、自
然界に広く存在している未知の心的要素の自然な延長に過ぎないのでし
ょう。
そのようなことを考えた翌日、ユニークな絵画や建築の創作活動で知
られるHundertwasserの美術館に行きました。Hundertwasserの建物
は、建物から直線を排斥したり、集合住宅に「入居人」として木を植え
たり、外壁の窓から手が届く範囲は自由に色を塗ってよいという「窓の
権利」などの独特の「仕様」で知られています。美術館の裏のカフェに
座ると、木漏れ日がちらちらと差し、精妙に造型された木の葉がゆらゆ
らと明るさから暗さまでの様々な緑の領域となって揺れました。色とり
どりの花が、フラワーバスケットの中で、微妙な赤のグラデーションを
織り成していました。それは、美しい光景でした。その時、このような
光景を生み出す自然の「創造性」と、マーラーの生み出すシンフォニー
に見られる「創造性」がほとんど同じものであるという確信が、私の胸
の中に沸き上がってきました。
現在のデジタル・コンピュータが創造性を獲得するためには、自然界、
とりわけ生物に広範に見られる創造性の基礎を理解し、それを取り入れ
る必要があるのではないでしょうか? この視点は、残念ながら、私が
参加していた「計算主義を超えて」をスローガンとした国際会議の参加
者には、希薄なものでした。私たちは、私たちの思考能力や、私たちの
思考の被造物であるコンピュータは、自然と切り離された特別なものと
思いがちです。しかし、本当は、私たち自身も、自然の一部に過ぎない
のです。
チューリングを超えるためには、私たちの脳は、私たちの身体と同様、
「生き物」であるということを、もう一度思い出す必要があるのかもし
れません。
◆ 脳科学ニュース ◆ プラスティック化された身体
ウィーンでは、ドイツ、HeidelbergにあるInstitution for Plastination
の主宰者、Dr. Gunther von Hagenの「死体の世界」(Koerperwelten)
展が行われていました。
「第三の男」で有名な大観覧車のあるPraterの近くの
メッセが会場でした。
http://www.koerperwelten.com
ここに展示されている人間の死体は、Plastinationという、生体の水、
脂質を樹脂で置き換える手法で、非常にリアルに保存する方法を用いて
います。
いろいろな「演出」も施されていて、死体が自分の皮を
コートのように持っていたり、あるいは、マグリットの絵のように、
一部分が空間的にずれ、拡大したりなど、一種の「死体芸術」
のようなこともされています。
つまり、医学教育の補助材料としての死体保存を、一歩
踏み出した「あぶない世界」に入っているわけです。
このようなやり方には、賛否両論があるでしょう。しかし、実際に、
人間の身体の細部をつぶさに見る機会を持つことは、非常に大きな
教育効果があります。特に、脳も、肝臓や心臓といった他の臓器と同様、
細胞の集合体=生き物に過ぎない、むしろ、そこに脳の本質があるという
ことが実感できるように思います。
●お知らせ
Qualia Mysteryは、本号が2nd stageの最終号となります。
御愛読いただき、ありがとうございました。
本号をもって、Qualia Mysteryのregular issueは、「夏休み」に入
ります、3rd stageの再開は、9月の予定です。6月〜8月の間は、
Qualia Mystery@Outdoor Scientist という、夏らしい? コンセプトの、
Special Issueを数回発行する予定です。
"Outdoor Scientist"は、科学者が大自然の中に置いた時に初めて得ら
れるインスピレーション、自然に関する洞察をテーマにした試みで、と
りあげるlocationは、Manus Brazil, Aurora over Banff、Desert Strip
at Arizonaなどを予定しております。
また、Qualia Mystery Remix、Qualia Mystery Raveなどの、特別
企画も計画しています。
今後も、御愛読を、よろしくお願いいたします。
(2nd stageまでの、御感想を、kenmogi@qualia-manifesto.comま
でお寄せください。お待ちしています。お寄せいただいた御感想には、
必ずお返事いたします。)
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<クオリアと志向性に基づく意識の新理論>
茂木健一郎
「心に見えるもの、見えないもの」(仮題)
講談社より7月発売予定
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○電子メールマガジン「クオリア・ミステリー」1999/05/25
発行者:茂木健一郎 (脳科学者)
電子メイル kenmogi@qualia-manifesto.com
http://www.qualia-manifesto.com/qualia-mystery.html
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