=== Qualia Mystery ========================================
クオリア・ミステリー
第15号 (1999/05/12)
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クオリアとは、「赤い色の感じ」のように、私たちの感覚を構成する
ユニークな質感を指します。
クオリア・ミステリーは、科学的アプローチを基礎に、様々な側面
から心と脳の関係について考える未来感覚マガジンです。
このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を
利用して発行しています。( http://www.mag2.com/ )
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[ Qualia Mystery #15]
(Release 7 of stage 2)
(8 releases planned for stage 2)
Contents
・生きることと意識すること
・関連URL
・脳科学ニュース 「HSP90と形態進化」
●生きることと意識すること
「生きている」こととは何か、あるいは、「生命」とは何かという
問題は、私が高校生の頃(1970年代の末)には、非常にホットなトピ
ックでした。私も、物理を専攻しようか、分子生物学にしようかと迷い
ながら、随分とその手の本を読みあさったものです。
しかし、最近では、生命と非生命の境界がどこにあるかということ
は、あまり話題にならないようです。この背景には、ウィルスのような
核酸がたんぱく質に囲まれただけの「生体高分子」や、狂牛病の病原体
であり、たんぱく質だけからなるプリオンのような、生命と非生命の境
界のようなものがたくさん出てきたこと、また、生命というものが、細
胞から生態系に至るまで、一つに連なった開放系としてあることが認識
されてきたことが挙げられるでしょう。また、人工物の中に、昨日発表
されたSonyのPet Robotのように、あたかも生きているかのように振
る舞うものが出てきた影響も大きいでしょう。
一方、「意識」と「無意識」の間には、生命と非生命の間よりも明確
な境界があるように思われます。何よりも、私たちは、日頃、睡眠と覚
醒のサイクルを通して、「意識がある状態」と「意識がない状態」を経
験しています。この二つの状態の間には、明確な差があるように思われ
ます。何しろ、「意識がない状態」の時には、「私はいない」わけです
から。現時点では、「生命」と「非生命」の間の境界よりも、「意識」
と「無意識」の境界の方が絶対的で、乗り越えにくいもののように思わ
れます。今のところ、人工物で、意識を持っていると私たちが認められ
るものはありません。
「生きる」ことと「意識すること」の間の微妙なずれは、例えば、有名
な「水槽の中の脳」の思考実験にも見られます。すなわち、脳を巨大な
培養水槽の中に入れ、適切な神経回路と外部への配線の結合を行い、脳
の中の運動ニューロンの活動を検出し、感覚ニューロンに適当な入力を
行うのです。このような脳に対する出入力の計算は、巨大なコンピュー
タによって行うものとします。つまり、コンピュータが、ヴァーチャル
な外部世界を提供しているわけです。
このようなセットアップをすれば、その脳に宿る「私」にとっては、
あたかも現実の世界の中で生きているかのように感じられる、というよ
りも、現実の世界で生きているのと区別がつかないという結論がさけら
れないように思われます。これが、私たちの心は脳の中のニューロンの
活動から生まれる随伴現象であるという仮定から導かれる結論です。現
在の神経生理学の知見から言えば、「水槽の中の脳」は、適切な入出力
が保たれている限り、通常の人間と同じような「意識」を持っているこ
とになるわけです。
一方、この脳が、「生きているかどうか」という問題になると、話は
別です。水槽の中の脳が、生物として「生きている」ということを認め
るのは難しそうです。強いて言えば、コンピュータのつくり出すヴァー
チャルな外部世界の中で「生きている」ことになるのでしょうが、それ
でも、私たちが生物という時に想定する環境との生き生きとした相互作
用が欠けているように思われます。
どうやら、「生きていること」と「意識を持つこと」の間にはずれが
あるようなのです。意識という表象が、生物が「生きる」という現象の
延長から生まれてきたことは疑いようがありません。私たちの意識は、
昆虫、蛇、ねずみ、犬、猿といった全ての生きとし生けるものと同じ、
私たちの生物としての「生きていること」の一つの延長として生まれて
きている。一方、水槽の中の脳や、将来のコンピュータにおいて実現さ
れるかもしれない「意識」は、生命とは言えない形で、存在することに
なるのかもしれない。
「意識」が、進化の過程で、「生命現象」という梯子を用いて生まれ
てきたことは間違いありません。しかし、ひょっとすると、「生きている
こと」という梯子を外して、生きることとは全く別の次元において、
「意識すること」を考えることができるのかもしれない。その時、「意
識」は、生命現象とはまた別の宇宙の実在のあり方として、私たちの前
に立ち上がってくるのかもしれないのです。
「生きること」と「意識すること」の間の関係については、様々な視
点から、一度整理しておく必要がありそうです。
・関連URL
ソニーのPet Robot AIBO
http://www.zdnet.co.jp/news/9905/11/sony.html
http://www.world.sony.com/robot/
◆ 脳科学ニュース ◆ HSP90と形態進化
今、分子生物学で、HSP90というタンパク質が注目されています。
HSPは、Heat Shock Proteinの略で、生体が生理的温度より5℃〜
10℃高い温度(Heat Shock)にさらされた時に合成が誘導される
一群のたんぱく質です。HSP90という名前は、分子量が90kの
Heat Shock Proteinであることを示します。
HSPは、(熱などによる)変性たんぱく質の再生を補助するなど、
細胞内のたんぱく質のメンテナンスにおいて中心的な役割を果たして
いると言われています。
Rutherford, S.L. & Lindquist, S. Hsp90 as a capacitor for
morphological evolution. Nature 396, 336-342 (1998)は、HSP90
が「形態進化」における「進化しやすさ」(evolvablity)を媒介して
いるという説を提出しています。HSP90は、そのターゲットが、細胞
内の信号伝達にかかわるたんぱく質である点がユニークです。HSP90
は、このような動作を通して、温度などの環境の変化に応じて、形態形
成において機能する複数のタンパク質の働きをコントロールし、結果と
して形態の変化を引き起こすことが、ショウジョウバエ(Drosophila)
を材料に調べられたのです。
私がHSP90に注目する理由は、それが「形態形成」における一つメタ
のレベルのコントロールに関わっているからです。目の形成を司る
eyelessは、特定の形態を発言させる遺伝子ですが、HSP90は、そのよう
な個々の遺伝子群の産物の上に機能する、メタなタンパク質として形態
形成に関与し、一般に生体の「進化しやすさ」(evolvablity)に関与
している可能性があるのです。
「進化しやすさ」(evolvablity)は、細胞生理から形態形成、脳の
情報処理、さらには意識に至るまでの様々なスケールの生命現象におけ
るキーワードです。この一連のスケールの一番上には、人間の創造性
が、現時点ではコンピュータには決してまねのできない「進化しやすさ」
(evolvablity)の表れとしてあります。脳においても、HSP90のよう
なたんぱく質とはまた違った形で、環境からの入力に応じて神経回路網
の「形態」を変化させる一つメタなレベルの因子があるのかもしれません。
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○電子メールマガジン「クオリア・ミステリー」1999/05/12
発行者:茂木健一郎 (脳科学者)
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