=== Qualia Mystery ========================================
クオリア・ミステリー
第13号 (1999/04/28)
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クオリアとは、「赤い色の感じ」のように、私たちの感覚を構成する
ユニークな質感を指します。
クオリア・ミステリーは、科学的アプローチを基礎に、様々な側面
から心と脳の関係について考える未来感覚マガジンです。
このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を
利用して発行しています。( http://www.mag2.com/ )
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[ Qualia Mystery #13]
(Release 5 of stage 2)
(8 releases planned for stage 2)
Contents
・宗教的感情のカクテル
・関連URL
・脳科学ニュース 「フェロモンのカクテルは割合が大切」
●宗教的感情のカクテル
新年になると初詣にいき、結婚式はキリスト教式でやり、葬式は仏教
で行うというのは、平均的な日本人にとっては、それほど違和感のない
行動様式です。このような点をとらえて、日本人は宗教的を単なる習俗
としてとらえているとか、節操がないという批判を聞くことがあります。
しかし、実は、ある観点から見ると、上のような日本人の宗教に関す
る行動様式は、世界でも最も先進的なスタイルだということができるの
です。その観点とは、宗教的価値、感情を、脳の中のニューロンの活動
に伴う表象として見る視点です。
ヨーロッパのキリスト教の教会の構造のうち、最も美しいものの一つ
は、ステンド・グラスでしょう。意匠としては聖書の物語の一場面を取
り出してきたものが多い様ですが、聖書のどの場面の、誰と誰とのどの
ようなエピソードを表しているのかという点について知識のない私にも、
神秘、深遠、美といった感情、クオリアが伝わってきます。
ケンブリッジ郊外のイリー(Ely)という街の大聖堂にも、美しいステ
ンド・グラスがあります。ある時、私はイリーの大聖堂の中にいました。
遥か上に美しく照り輝くステンド・グラスや、ドームの内壁に描かれた
聖人たちの画像を見ていると、私の心は宗教的と言ってもよい感情に満
たされてきました。
そのような時間の流れの中で、私は、
『今私が現に心の中で感じている宗教的感情は、実は、「キリスト教」
と呼ばれている社会的、歴史的装置とは無関係なのだ』
ということに気が付いたのです。もちろん、私がキリスト教について知
っている知識や、キリスト教の教会に共通のデザインが<きっかけ>と
なって宗教的感情が生じたことは事実である。しかし、<結果として生
じた>宗教的感情は、原理的には「キリスト教」とは無関係で、他の何
か別のきっかけで生じたかもしれないものだ、大切なのは、<きっかけ>
となったキリスト教の装置ではなく、<結果として生じた>宗教的感情
の方だ、そう思ったのです。
宗教的感情も、私たちの脳の中のニューロンの活動に伴う、随伴現象
に過ぎません。そのように言うと冒涜的に聞こえますが、それが、現代
の脳科学が明らかにしつつある真実です。大切なのは、私たちの心の中
に、「宗教的」な感情、クオリアがあること、そして、そのような心の
表象が、なぜか知らないが、脳の中のニューロンの活動によって引き起
こされるという事実です。このような「私たち」のあり方、世界のあり
方が一体何を意味するか、そのことに既成の宗教を離れて考えることが
大切です。
宗教的な感情、悟り、これらは、全て、脳の中のニューロンのある活
動様式に従って生じる心の中の表象なのです。既成の宗教は、このよう
な宗教的感情を引き起こす様々なテクノロジーを提供してきました。そ
の過程で、自らの「教義」(これも、テクノロジーの一つですが)を絶
対的なものとし、セクトの中に信者を囲い込むという社会的制度を築い
てきました。しかし、本当に大切なのは、結果として生じる宗教的感情
の方です。極論を言えば、宗教の目的は「宗教的感情のカクテル」を心
の中にもたらすことであり、そのためには、様々な既存の宗教のもって
いるテクノロジーを適当にミックスしても良い、そのような考え方もあ
り得るのです。
新年になると初詣にいき、結婚式はキリスト教式でやり、葬式は仏教
で行う日本人の行動様式は、ひょっとすると世界で一番先進的かもしれ
ないというのは、上のような意味においてなのです。
将来、おそらく、宗教は、様々な宗教的感情を、その人その人のニー
ズにあわせてミックスしていくという方向に発展していくのではないで
しょうか。その際には、既成の宗教セクトの排他性は、あまり意味のな
いものになると予想しています。そして、このような宗教のあり方の変
化と、脳科学は、無縁ではない、それどころか、深く関連していると考
えるのです。
・関連URL
Ely Cathedoralのホーム・ページ
http://www.cathedral.ely.anglican.org
◆ 脳科学ニュース ◆ フェロモンのカクテルは割合が大切。
フェロモンと臭いは、どちらも「嗅覚」系で情報処理されますが、そ
の処理のされ方は、最初の入り口からして違うようです。
Belluscio et al. A map of pheromone receptor activation in the
mammalian brain. Cell 97, 209-220 (1999)は、マウスのフェロモンの
レセプター・ニューロンのアクソンの投射先を調べています。
一般の臭いは、MOEと呼ばれる部位から嗅球(olfactory bulb)への
投射を通して処理されるのに対して、フェロモンは、VNOと呼ばれる部
位から、副嗅球(accessory olfactory bulb)への投射を通して処理され
ます。つまり、臭いとフェロモンの入り口は違うわけです。
一般の臭い物質をまず最初に受け取るMOEでは、1つのニューロン
は、約1000ある臭いレセプターの遺伝子のうち、1つしか発現しま
せん。従って、どのニューロンが活動しているかをモニタすれば、どの
臭い物質が来たかわかるわけです。さらに、ある特定の臭いレセプター
が発現しているニューロンは、嗅球の特定の二つの糸球体(glomeruli)
に投射します。従って、嗅球までは、「これはこの臭いレセプターから
の情報だ」という特異性が保たれているわけです。
では、フェロモンの情報処理はどうなのでしょうか?
今回、BelluscioたちはVNOの、VN2とVN12という二つのフェロモ
ン・レセプターの遺伝子を発現しているニューロンの副嗅球への投射先
を調べました。その結果、それぞれ10ー30の糸球体に投射している
ことがわかりました。このことから、逆に、副嗅球の一つの糸球体は、
複数のフェロモンのレセプターからの投射を受けていることが推定され
ます。つまり、フェロモンの情報は、副嗅球の段階で、すでに「カクテ
ル」として扱われていることになります。
昆虫などの生物では、フェロモンの異なる成分の相対的な割合が、あ
る特定の行動を引き起こすために重要であることが知られています。あ
る特定の物質群が存在するだけでなく、それらの存在比が精密に決まっ
たある特定の値になっていなければならないのです。今回の実験が明ら
かにしたフェロモンの情報処理メカニズムの一般の臭い情報との違いは、
「カクテルの割合が重要」というフェロモンの特質と関係があるのかも
しれません。
人間を含むほ乳類で、フェロモンがどのような役割を果たしているか
はあまりわかっていません。最近では、「フェロモン入り」の化粧品な
ども売り出されていますが、「成分の割合」に気を付けないと、期待し
た効果があがらないということになるのかもしれません。
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