=== Qualia Mystery ========================================
クオリア・ミステリー
第12号 (1999/04/23)
===========================================================
-------------------------------------------------------------
クオリアとは、「赤い色の感じ」のように、私たちの感覚を構成する
ユニークな質感を指します。
クオリア・ミステリーは、科学的アプローチを基礎に、様々な側面
から心と脳の関係について考える未来感覚マガジンです。
このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を
利用して発行しています。( http://www.mag2.com/ )
------------------------------------------------------------
[ Qualia Mystery #12]
(Release 4 of stage 2)
(8 releases planned for stage 2)
Contents
・絶対色感
・関連URL
・脳科学ニュース
● 絶対色感
宇多田ヒカルの歌に漂う「追い詰められたせつない感じ」の情感は、
母親の藤圭子の演歌と通じるものがあります。ある意味では、宇多田の
歌は、リズム&ブルースの形をとった演歌のスピリットの復活だと言え
るでしょう。
宇多田ヒカルのホームページの日記に、「私はよく絶対音感を持って
いると勘違いされるが、実際には絶対音感は持っていないし、幼少時の
音楽教育も受けていない。絶対音感を持っている友人二人は、そのせい
で、かえって音楽の情感を楽しめないと言っている」という趣旨の書き
込みがありました。
絶対音感があることのメリットは、音楽を聞いてそれをそのまま楽譜
に記録したり、逆に楽譜を見れば音楽が浮かぶといったことでしょう。
つまり、絶対音感とは、音のピッチのクオリアを音階というシンボルに
結び付ける能力に他なりません。このような能力が必ずしも優れた音楽
性と関係があるわけではないのでしょうが、音のピッチというとらえど
ころのない質感を自由に操作する能力は、一見神秘的に見えます。
ここで、「絶対色感」という仮想の能力を考えて見ましょう。今、
「色のキーボード」というのがあって、それぞれのキーをたたくと、画
面上に対応する色が表示されるようになっているとしましょう。キーに
は、番号が付いているとします。このようなキーボードを使って子供の
頃からトレーニングすれば、ひょっとすれば、色を見ると数字が浮かび、
数字を見ると色が浮かぶ「絶対色感」を持つ人間ができるかもしれませ
ん。つまり、色のクオリアと、数字というシンボルが結びつくわけです。
このような「絶対色感」をもった人は、例えば、二次元平面の中に数
字を書いた「画譜」を描くことで絵を表現できるようになるかもしれま
せん。あるいは、数字が並んだ「画譜」を見れば、絵が思い浮かべられ
るようになるかもしれません。ナンセンスな話に思えますが、楽譜を見
て音楽が思い浮かべられるという絶対音感の能力の視覚版を考えれば、
このようなことになるのでしょう。
画家のパウル・クレーは、「北アフリカへの旅で、色彩に目覚めた、
それから私は真の意味で画家になった」と書いています。この時クレー
が得たのは、上で仮想した絶対色感のような能力ではないでしょう。む
しろ、自分の心が様々な色のクオリアを感じているという事実に対する、
一つ「メタ」な認識ができたのだと考えるのが自然であるように思われ
ます(Qualia Mystery #11)。もし、色のクオリアとシンボルを結び
付ける「絶対色感」を持った人間がいたら、それは確かに興味深い事例
ではあるが、それと美しい絵を描く能力はあまり関係がないということ
が、クレーの例を考えると納得がいくような気がします。
「絶対色感」のような例を考えると、「絶対音感」が、多くの音楽家
が指摘しているように、便利ではあるが音楽性とは関係のない能力であ
るということが納得できます。「絶対音感」が注目されたのは、それが、
音階というシンボルに結び付けられる点で操作性を持ち、その意味で具
体的な議論の対象になりやすいからでしょう。音のクオリアの世界は広
大で奥深く、絶対音感はそのほんの表面をなぞっているにすぎません。
もともと、クオリアは、シンボルでは表現しきれないというところに
その難しさもおもしろさもあります。ピッチの場合、ある程度シンボル
と結びつけることができるのは、ピッチが「低い」から「高い」へ一次
元に並べられるある程度単純な性質だからかもしれない。色の場合は、
短、中、長波長の相対比で特徴づけられるから、2次元に並べることが
できる。つまり、ピッチに比べると少し複雑である。では、色のクオリ
アをピッチのクオリアのようにシンボルと結び付ける「絶対色感」を持
つのは可能なのか? 肌触りのクオリアや、味のクオリア、臭いのクオ
リアのように、色よりもさらに複雑な構造をしているように見えるクオ
リアの場合はどうか? 音でも、ピッチではなく、ヴァイオリンの音、
ピアノの音、フルートの音といった、音色のクオリアだったらどうなの
か? いろいろ考えると、興味が尽きません。
・関連URL
宇多田ヒカルの日記
http://www.toshiba-emi.co.jp/cgi-bin/emi/hikki/message.hikki
◆ 脳科学ニュース ◆ 夜道でスピードを出し過ぎる理由
私たちの網膜の上には、cone cell(錐体細胞)、rod cell(棹体細
胞)の二種類の細胞があります。このうち、cone cellには、赤、青、
緑の波長を吸収する三種類があり、一方、rod cellは、可視光の全波長
をくまなく吸収します。明るいところでは、cone cellが機能して色覚
が生じるのに対し、暗いところでは、rod cellしか機能しません。暗い
ところで色が良く見えなくなるのはこのためです(サングラスをかけて
も、光量が減るので色が良く見えなくなります)。
動きの知覚において、cone cellとrod cellの機能が同じなのかどうか
は、従来あまりよく分かっていませんでした。このことは、cone cellと
rod cellを分けて動きの刺激を与えることが難しいことも原因となって
いました。ドイツ、マックスプランク研究所のGegenfurtnerらは、
Nature 398, 475-476 (1999)で、遺伝的に緑のcone cellを欠く被験者を
用いた巧みな実験を報告しています。その結果、暗闇で働くrod cellのみ
に動きの刺激を与えた場合、cone cellが機能している場合の75%程度
の速さにしか感じられないことがわかりました。
夜道を車で走る場合、ヘッドライトに照らされた部分はcone cellを通
して知覚されるのに対して、その周囲の暗い部分はrod cellを通して知
覚されます。上の実験結果が示唆するように、rod cellを通して知覚さ
れる動きが遅く感じられることが、走行スピードが過小評価され、スピ
ードを出し過ぎる結果になる原因の一つかもしれません。
====広告==================================================
---心は、全て脳内現象に過ぎないのか?----
茂木健一郎
「生きて死ぬ私」(徳間書店)好評発売中 1700円
http://www.trc.co.jp/trc/book/book.idc?JLA=98028745
==========================================================
===========================================================
○電子メールマガジン「クオリア・ミステリー」1999/04/23
発行者:茂木健一郎 (脳科学者)
電子メイル kenmogi@qualia-manifesto.com
http://www.qualia-manifesto.com/qualia-mystery.html
↑読者登録、解除、バックナンバー閲覧ができます。
http://www.tcup1.com/155/kenmogi.html
↑クオリア・ミステリー掲示板開設中
http://www.freeml.com
↑心脳問題メイリング・リスト開設! 検索、申し込みはこちら
【クオリア・ミステリーは、転載を歓迎します。】
=======================================Qualia Mystery ====