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=== Qualia Mystery ========================================

         クオリア・ミステリー

         第11号 (1999/04/14)

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クオリア・ミステリーは、科学的アプローチを基礎に、様々な側面

から心と脳の関係について考える未来感覚マガジンです。

このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を

利用して発行しています。( http://www.mag2.com/ )

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[ Qualia Mystery #11] 

 

(Release 3 of stage 2)

(8 releases planned for stage 2)

 

Contents

・子供はクオリアをもっているか?

・脳科学ニュース 視覚における注意の「スポットライト」

 

● 子供はクオリアをもっているか?

 

 子供は、クオリアをもっているのでしょうか?

 ここに、クオリアとは、「赤の赤らしさ」のような、私たちの感覚

を構成している独特の質感のことを指します。

 ああ、それだったら、子供はクオリアを確かにもっているよ、だっ

て、子供だって、薔薇が赤い感じや、水が冷たい感じや、オレンジの

香しい薫りを感じているじゃないか。子供には、抽象的な概念はまだ

ないかもしれないけど、クオリアという感覚の原始的な性質だったら、

それはもっているよ。自分も、子供の時、確かにクオリアを持っていた。

 常識的には、このような答になるのでしょうか?

 実は、このような質問をするのは、私自身が感覚の中の「クオリア」

という存在の重大さに気がついたのは非常に遅く、大学院を終え、脳

の研究を始めて1年めくらいの時だったからです。 

 その日に、私は研究所からの帰り、電車の中でノートに考えたこと

を書きつけていたのですが、その時、突然、がたんごとんという電車

の騒音のクオリアが、その生々しい質感とともに私に迫ってきたので

す。その瞬間、その質感が、振動数や波形といった音の物理的性質で

は決して表せないユニークなものだということに気付きました。そし

て、私の感覚がこのようなクオリアから出来ているという事実が、こ

の世界の全ては、私の脳も含めて全て物理法則に従う物質からできた

システムであるといういわゆる「物理主義」のパラダイムに対する深

刻なチャレンジであるということに気が付いたわけです。

 私は、この電車の中の「がたんごとん事件」の前にも、もちろん、

「がたんごとん」という音のクオリアを心の中で感じていたように思

います。赤い色のクオリアや、水の冷たさのクオリアも感じていた。

「がたんごとん事件」の前と後で、私の心の中のクオリアのレパート

リーが変わったわけではない。しかし、「がたんごとん事件」の前の

私は、自分が心の中にクオリアを感じているということの本当の意味

に気が付いていなかったのです。少なくとも、そのことが、物理主義

の根幹を揺るがすくらいの大問題だという認識はなかったのです。脳

の研究をすることは、複雑な物質のシステムを研究することに過ぎな

いと考えていた。ある意味では、「がたんごとん事件」の前には、私

の心の中に様々なクオリアが溢れているという事実に、私は気が付い

ていなかったのだと言えるのです。

 クオリアを本当に持っていると言えるのは、赤のクオリアや青のク

オリアを持った時点ではなく、それらのクオリアの集合に一つ「メタ」

な視点から、「ああ、私は確かに私の心の中にはクオリア(質感)と

でも言うべきものがある」という実感のタグがつけられたときなのか

もしれません。一つメタなレベルに行って初めて、自分がクオリアを

持っているということを実感できるのです。さらに一般化すれば、私

達がある「概念」なり「感覚」を本当に持ったと言えるのは、それを

一つメタなレベルから見ることが出来た時なのではないかと思えてき

ます。

 子供は、クオリアをもっているのでしょうか?

 これに対する答えは、ひょっとするとノーかもしれません。なぜな

らば、子供には、自分の心の中にクオリアが溢れているという一つメ

タな視点がないからです。クオリアの存在が物理主義の根幹を揺るが

す重大な問題であるというメッセージが伝わりにくいのも、心の中の

クオリアを一つメタな視点から眺めるという態度が、かなり知性の高

い大人の間でも、それほど一般的なものではないからでしょう。

 一つ上の、メタな視点からあるものを眺めた時、はじめてそのある

ものを持っていると言える。これは、意識とは何か、動物は意識を持

っているのか、動物もクオリアを感じているのかどうかなど、様々な

問題を解く鍵になる考え方かもしれません。例えば、動物には人間が

意識がある時に持つような心的表象を持っている、ただ、それらの表

象を、「これらの表象が生じているこの状態は、意識をもっている状

態で、眠ったりして意識を失っている状態とはちがう」という、一つ

メタな視点から見る能力が欠けているのかもしれません。

 そのような意味では、動物はおそらく意識を持っていないのでし

ょう。

 このような考え方を押し進めていくと、今のところ解決の糸口さえ

見えていないクオリアのような心脳問題のハードプロブレムを解く鍵

も、今私たち人間が到達しているレベルよりも上のレベルの「メタ」

な視点に到達することにあるということになるのかもしれません。

 

◆ 脳科学ニュース ◆ 視覚における注意の「スポットライト」

 

 古くはヘルムホルツやウィリアム・ジェームズも指摘したように、

私たちは、注視点(fixation point)と異なる場所に注意を向けること

ができます。例えば、視野の中央にある建物を注視している場合でも、

その右下にある車のナンバープレートに注意を向けることができます。

注視点と、注意の「スポットライト」は必ずしも一致しないわけです。

Brefczynsiki, J.A. & DeYoe, E.A. A physiological correlate of the

'spotlight' of visual attention. Nature Neuroscience 2, 370-374 (1999)

は、この注意のスポットライトの移動に対応する人間の脳の活動レベ

ルの変化をfMRIを用いて観測しました。視野の中に同心円状に広がっ

た、色と縦じま、横縞を組み合わせたいくつかのセグメントを用意し、

その時々で視野の中心(すなわち注視点)からの距離が異なるセグメ

ントの色と縞の方向を答えさせました。この時、注視点は視野の中央

に固定したままですが、答えさせるセグメントの位置が視野の中心か

ら離れるにつれて、注意のスポットライトも移動すると考えられます。

実験の結果、第一次視覚野(V1)とその隣接する領野で、注意のス

ポットライトの移動に対応すると考えられるニューロンの活動の変化

が見られました。V1では、網膜の位相が保存されたマップが存在す

ることが知られており、V1の中のニューロンが高い領域の移動は、

注意のスポットライトの移動に対応すると考えられます。

 ただし、注意しなければならないのは、注意のスポットライトは必

ずしも視野のある特定の位置に向けられるだけでなく、「もの」や

「特徴」を単位として注意が構成される場合もあるということです。

今回の実験結果が、提示刺激の特徴によらないどれくらい普遍的な意

味をもつのかは、今後の実験を待たなければならないと言えるでしょう。

 

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○電子メールマガジン「クオリア・ミステリー」1999/04/14

発行者:茂木健一郎 (脳科学者)

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