=== Qualia Mystery ========================================
クオリア・ミステリー
第10号 (1999/04/7)
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クオリア・ミステリーは、科学的アプローチを基礎に、様々な側面
から心と脳の関係について考える未来感覚マガジンです。
このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を
利用して発行しています。( http://www.mag2.com/ )
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[ Qualia Mystery #10]
(Release 2 of stage 2)
(8 releases planned for stage 2)
Contents
・クオリアと世界観
・脳科学ニュース ブラインド・サイト
● クオリアと世界観
最近、映画やゲーム、小説などのデザインにおいて「世界観」とい
う言葉が語られるようになってきました。例えば、今年日本でも公開
されるStar Warsでも、そのフィクションとしての質のかなりの部分
が、主人公たちがどのような世界の中に投げ出されているのかという
世界観に依存しています。根強いカルト的人気を誇るトールキンのフ
ァンタジー小説「指輪物語」も、その魅力のかなりの部分はその独自
の世界観から来ています。
哲学でも、世界をそもそもどのようなものとして措定するかは重要
な課題です。もともとはドイツ語ですが、「世界はこうなっている」
という観念を表すものとして、Weltanschauungという言葉がありま
す。これは、「根本的な世界の見方」を表す言葉として使われていま
す。映画、ゲーム、小説などのコンセプト・デザインは、まさに
Weltanschauungの問題なのです。
ところで、私たちの心の中に、「赤」や「青」、ピアノの音、水の
冷たさなどの質感(クオリア)があることは、私たち人類の世界観に
大きな影響を与えることにならざるを得ません。今日、心脳問題がこ
れほど解決困難なハード・プロブレムになっているのも、もともとは、
ニュートン以来の物理学が築き上げてきた世界観が、クオリアの存在
を受け入れることができないものだからです。
ニュートン以来の物理学が築き上げてきた世界観とは、世界とは、
質量や電荷のような物理的性質を持った素粒子からなるシステムであ
るというものです。素粒子は、自然法則によって時間発展し、宇宙の
未来は決まっていきます。私達の脳も、このような世界観の部分集合
としてあります。このニュートン的世界観の下では、私たちの脳は
「複雑ではあるが、自然法則によって時間発展していく物質のシステ
ム」です。相対論も量子力学も、このような世界観を根本的なところ
では変えませんでした。私たちの心の中の「クオリア」、及び、私た
ちの心の存在自体が私たちに突き付けている課題は、どうも、ニュー
トン以来の物理学が作り上げてきたこのような「世界観」自体の変更
のようです。
現在、心脳問題を解決しようとしている人々の多くは、脳は「複雑
ではあるが、自然法則によって時間発展していく物質のシステムであ
る」ということを前提に、私たちの心の中にクオリアという不思議な
質感が存在することを説明しようとしています。このようなアプロー
チからは、例えば、脳の中のニューロンの活動パターンと、私達の心
の中のクオリアとの対応をつけようという努力が生まれます。どのよ
うなニューロンの発火パターンが生じた時に、私たちの心の中に「赤」
のクオリアが生じるのかを明らかにしようとするわけです。このよう
なアプローチは、自然法則に従って時間発展する物質という世界観は
維持しつつ、私たちの心の中のクオリアを、いわばそのような世界観
の付加物として取り入れようという努力です。
確かに、このようなアプローチも、「つなぎ」としては必要です。
しかし、本当にやるべきことは、おそらく、自然法則に従って時間発
展する物質という世界観自体を変更することでしょう。これは大変困
難なことであり、新しい世界観がどのようなものになるかは、誰にも
見当がついていません。「クオリア」の問題が解決した時、私達はお
そらく新しい世界観を獲得しているでしょうが、それが、Star Wars
の映画に現われている世界観よりも遥かに興奮すべきもの、深遠なも
のであることは間違いありません。
もちろん、そうは言っても、私もStar Warsは見に行くと思います
(笑)。私には、SF、ファンタジーなどのフィクションに見られる
現実にはあり得ない世界観は、来るべき「クオリアを取り込んだ世界
観」の何かを先取りしているように思えるのです。
◆ 脳科学ニュース ◆ ブラインド・サイト
私達の網膜で光の信号からニューロンの発火に変換された情報は、視
床を通り、後頭部にある第一次視覚野(V1)に伝えられます。V1の二
次元の構造は、私たちの視野の空間的広がりとちょうど対応していま
す。腫瘍の手術などの理由でV1を失った患者は、対応する視野の一
部分が全く見えなくなります。視野のある部分が、「全く何もない」
真っ暗な領域になるのです。にも関わらず、このような患者は、その
何も見えない領域に提示された視覚情報を、「何も見えない」にも関
わらず処理し、それに基づいて適切な反応ができる場合があります。
このようなパラドキシカルな状況をブラインド・サイト(blindsight)
と言います。
ブラインド・サイトの研究の第一人者、Oxford Universityの
Weiskrantzが、Consciousness Lost and Found (1997、Oxford
University Press)という本の中で、ブラインド・サイトの研究をレ
ビューしています。ブラインド・サイトの患者は、例えば、「そこに
何も見えない」のに、縞模様が水平か傾いているか、偶然より高い確
率で当てることができます。また、「そこに何も見えない」場所にも
のを提示されると、正確にその場所を指で示すことができます。視野
の中で見えない部分が火事になっている家と無事な家を見せた場合、
「そこに何も見えない」のに、どちらかと言えば、無事な家の方に住
みたいと答えます。理由を聞かれると、患者は「何となく」と答えま
す。何しろ、「そこに何も見えない」ので、具体的な理由を挙げられ
ないのです。
では、ブラインド・サイトの患者は、超能力を持っているのでしょ
うか?そうではなく、第一次視覚野以外のルートを通って伝わる視覚
情報に基づいて判断しているのではないかと言われています。ブライ
ンド・サイトで不思議なのは、むしろ、第一次視覚野のニューロンの
活動がないと、「そこに何も見えない」状態になることです。患者は、
「そこに何も見えない」のに、他のルートを通ってかろうじて伝えら
れる視覚情報に基づいて「何となく」判断しているわけです。
ブラインド・サイトは、私たちが意識を伴って外界を見るというこ
と(視覚的アウェアネス)はどういうことかという問題に、貴重なデ
ータを提供しています。
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○電子メールマガジン「クオリア・ミステリー」1999/04/07
発行者:茂木健一郎 (脳科学者)
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