=== Qualia Mystery ========================================
クオリア・ミステリー
第1号 (1999/01/30)
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このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を
利用して発行しています。( http://www.mag2.com/ )
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●心の不思議の解明に向けて
今日、多くの科学者が、21世紀の自然科学の中心は脳科学にな
るだろうと考えています。とりわけ、私たちの心が、脳という物質
にどうして宿るのか、この点が問題になると考えています。
心と脳の関係を問うことは、古代ギリシャ以来の最大の哲学的課
題であると言ってもいいかもしれません。友人の哲学者に、「これ
が解けたらエライ」という哲学の問題は何かと尋ねたところ、「心
脳問題」、「時間論」、「意味論」という答えでした。多くの人々
が直感的に感じるように、これらの問題は関連しているように思わ
れます。だから、心と脳の関係を解くためには、時間論や意味論も
同時に解かなければならないのかもしれません。
時間論では、時間が過去から未来に向かって流れるとはどういう
ことか、時間の流れの中で、「今」という特別な瞬間は何を意味す
るのか、このようなことを問題にします。現在の時空の標準理論で
ある相対性理論では、過去から未来への時間の流れにも、「今」と
いう特別な瞬間にも、特別な意味を与えることはできません。「計
量」という点をのぞけば、時間と空間の間に区別はありません。時
間の流れや「今」の特別な意味を数学的に表現できない現在の相対
性理論は、おそらく時空の最終理論ではないのでしょう。
一方、意味論では、言葉をはじめとする情報の意味とは何か、そ
の根拠を問いただします。シャノン以来の情報理論では、意味を扱
うことは全くできません。現在の情報科学は、意味を捨象すること
によってこれほどの成功を納めたのです。逆に言えば、意味を扱え
ないところが、現在の情報科学の限界であるとも言えます。
考えてみれば、時間の流れも、情報の意味も、私たちの心の働き
に非常に深く関係しています。私の友人の言う哲学の三大問題は、
おそらく、お互いに深く関係して、三大問題は一気に解決されるか、
それとも解決できないかのどちらかなのかもしれません。
今、多くの脳科学者が、心の問題に興味を持ち始めています。脳
科学は、物質としての脳の性質を解析するというアプローチで今日
の成功を収めてきました。物質としての脳の性質を理解することな
しに、心脳問題の解明は不可能です。一方で、物質である脳に私た
ちの「心」が宿るという不思議さに正面から向かい合うことなしに、
脳科学の質的な発展があるとは思えません。脳の中のニューロンの
活動に伴って私たちの「心」という奇妙なものが生じるということ
は、脳を特徴づける性質の最たるものだからです。
一つ、はっきりしていることがあります。それは、心の問題の解
決には、人類の様々な知的営み(科学、数学、哲学、文学、芸術、
心理学、社会学、宗教など)の中で積み上げられてきた知識、テク
ノロジー、感性を総動員することが必要だろうということです。例
えば、心理学が積み上げてきた私たちの心に関する現象学的な理解
は、心の本質を理解する上での貴重なデータです。私たちの心が感
じる音楽の美しさの起源を解明するためには、音楽それ自体の感性
のシステムに深く入っていかなければなりません。また、何らかの
画期的に新しい数学を発見しなければ、心の本性は理解できないと
考える十分な理由があります。心脳問題の解決へ向けた努力は、一
つの総合文化運動にならざるを得ないのです。多くの分野で、心の
問題についてのアウェアネスを高めていく必要があります。そして、
このようなロードマップの中核に、「クオリア」(「赤の赤らしさ」、
「ヴァイオリンの音」のような、私たちの感覚を特徴付ける独特の
質感)があるのです。
このメール・マガジンでは、「クオリア」、及びそれと一体の関
係にある「主観性」(「私」が世界を見ているということ)を中心
に、脳と心の関係を巡る様々な問題について考えていきます。同時
に、「脳科学ニュース」という形で、脳科学の最新の成果と、脳研
究の世界的動向についてもお伝えしていきたいと思います。
◆ 脳科学ニュース ◆
上半分が明るい楕円形は手前に突き出しているように、下半分が明る
い楕円形は向こう側に引っ込んでいるように見えます。これは、私た
ちが、通常「光源は上にある」という仮定の下にものの形を判断する
からです。
Nature Neuroscience, vol 1, n. 3, pag. 183-184. July 1998.に掲載
されたJennifer Y. Sun & Pietro PeronaのWhere is the sun?という
論文では、右利きの人の場合、光源が真上よりもやや左側にある場合
にできる陰影パターンの方が、凹凸をすばやく判断できるという実験
結果を示しました。右利きの場合、左側に光源があった方が様々な作
業がやりやすいわけですが、このような環境との関係が実際に私たち
の視覚に影響を与えることが示されたわけです。
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○電子メールマガジン「クオリア・ミステリー」1999/01/30
発行者:茂木健一郎
http://www.qualia-manifesto.com/qualia-mystery.html
【クオリア・ミステリーは、転載を歓迎します。】
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