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=== Qualia Mystery ========================================

         クオリア・ミステリー

         OUTDOOR SCIENTIST #5 (1999/09/03)

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クオリアとは、「赤い色の感じ」のように、私たちの感覚を構成する

ユニークな質感を指します。

クオリア・ミステリーは、科学的アプローチを基礎に、様々な側面

から心と脳の関係について考える未来感覚マガジンです。

このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を

利用して発行しています。( http://www.mag2.com/ )

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#Qualia Mystery Regular Issueは、2 stages, 16 issuesを刊行後、

6月ー8月には夏休みで休刊しました。

3rd Stage(issue 17 ~ 24)は、9月上旬に再開いたします。

御期待下さい!

 

backnumbers

-> http://www.qualia-manifesto.com/qualia-mystery.html

 

[ Qualia Mystery] <Outdoor Scientist>

 

(5th and final release of the Outdoor Scientist Series)

 

Contents

・珊瑚の端の深淵ーUbea, New Caledonia

・脳科学ニュース 見えているのに見えないーinattentional blindness

 

●珊瑚の端の深淵ーUbea, New Caledonia

 

 1994年の夏、森村桂の「天国に一番近い島」の舞台となったこと

で知られるウベア島に行った。

 ビーチに立つ。左右にそれぞれウベア島の突端が見えて、そこまで延

々と続くビーチの上に、誰一人としていない。まるで、天地創造の直後

に、自分一人だけが手つかずの処女地に降り立ったような錯覚を覚える。

月面に降り立ったアームストロング船長のように、自分の足跡が白紙の

地の上に次々と記されていく。

 ビーチの砂は、珊瑚が砕けてできた、これ以上細かくはなれないとい

うほど小さい粒でできている。それは、パウダー・サンドというよりは、

殆どクリームのような質感だ。良く見ると、粒の一つ一つはその元とな

る珊瑚の色を反映して、暗緑色から灰色、そして純白まで様々な色があ

る。ところが、砂浜はというと、これらの微粒子が太陽の光を乱反射す

るので、「白い砂浜」に見えるのだ。

 海は、青のグラデーション。ビーチから水平線に近付くにつれて、エ

メラルド・グリーンから濃い群青色まで微妙に変化して、まるで青色系

のリキュールだけからできたプース・カフェのようだ。振り向いて椰子

の林の上に見る空はやや黒みがかった濃い青で、オゾンのダンスが見え

るようだ。

 砂浜にひたひたと打ち寄せている海水の中に立つ。海水に足を入れた

瞬間、「冷たい」と感じるが、頭からどっぷりと海につかってしまえば、

やがてその冷たさが快適に思えてくる。気がつくと、何かがまわりで動

き回っている。水面にできた波紋が、海底の白砂に映えて、黄金色の網

目模様になって、右から左へとゆっくりと移動して行くのだ。波紋は、

もちろん海面上にも見えて、大から小まで様々なスケールの菱形になっ

て、揺れ動き、きらめいている。

 水中メガネをつけて泳ぐ。海底には、白砂がしわ寄せられてできた模

様が、どこまでもどこまでも続いているのが見える。模様はチェーン状

で、ちょうど、海面の波紋が海底に投影する黄金色の光のパターンと同

じだ。

 そのようにして泳いでいて、岩が龍安寺の石庭のように白い海底の砂

地に点在しているのを見つけた。ここには、青緑がかった白の、体調2

0センチほどの魚が一匹いた。魚は、すぐ目の前を悠然と体をひらひら

させながら泳いで行く。手を伸ばせば、すぐにでもそのぴちぴちとした

感触を手の中に感じられるような気がする。しかし、魚は、手を伸ばそ

うとすると、ひらりと身を翻し、瞬間的に「ワープ」して逃げてしまう。

そして、再び悠然と「龍安寺の石庭」の上の水を泳いで行く。

 私は、この時まで、海で泳いでいて、心から楽しいと思ったことはな

かった。というよりも、何か、海水の中に浸かっている自分の体が海に

フィットしないというか、息継ぎと息継ぎの間に頭を水の中に埋めてい

る時間が不自然なものにしか感じられなかった。しかし、魚を追いかけ

ながら、私は、生まれて初めて泳ぐことが心から楽しいと思った。狩猟

本能とでもいうような、なにか凶暴な衝動が、胸の奥から突き上げてき

た。海の中の魚を全て見つけて捕まえてやろうという気になった。私は、

白い海底に点在している岩から岩へと、一つ一つの岩を点検しながら、

ぐいぐいぐいとものすごいスピードで泳いで行った。

 そうやって、ビーチで時間を過ごしていると、ノートも、Tシャツも、

カメラも、何も身に付けたくないという気分になる。ただ、風に自分の

肌をさらしていたい。自分の肉体以外に、何も人工的なものを身に付け

たくないと思う。

 まるで、自分の体が透明な水晶になって、その中を風や太陽が通り抜

けていってしまうようだ。

 さらに島の最先端部へと向かった。ここには、100メートルくらい

の沖まで珊瑚礁がびっしりとつながっていている。干潮で、珊瑚の最上

部が海面から姿を現し、珊瑚礁の最先端の、そこから外洋が始まるとこ

ろまで歩いていけるようになっていた。

 スニーカを履いて、珊瑚の上を歩いていく。海の生物の気配が強い。

引き潮で海水は珊瑚と珊瑚の間のプールに少しだけ残っているだけなの

で、さすがに魚はいないが、いろいろな海の生物が隠れている。30セ

ンチほどのほっそりとした五角形の星型ヒトデがいた。その色は青空で

染め上げたばかりのように鮮やかな青であった。ヒトデは、茶緑色の珊

瑚のくぼみにできたプールの底に、ゆったりと横たわっていた。(この

ヒトデの学名は、Linckia Laevigataといい、ニュー・カレドニアの東

海岸地方に特に豊富なようだ。)

 珊瑚の畑の向こうには、外海の波が珊瑚の縁にぶつかってたてる白い

波しぶきが見えていた。珊瑚の上を歩き回っていた私は、ラグーンの中

に、外海が10メートルほど三角に切れ込んでいるところがあるのに気

がついた。そこは、ちょうど外海の波の打ち寄せる方向から見て裏側に

当たるところだったので、波しぶきは立たず、ただ外海特有の黒々とし

た水がラグーンの薄青色の水の中にそこだけ入り込んでいた。私は、何

かに吸い寄せられるようにその場所へ向かって歩き始めていた。

 そこで見た恐ろしい光景を、私は忘れることができない。

 珊瑚の白い色は終わり、そこから、何か起こってはいけないことが起

こりそうな夜の暗闇のような、赤黒い色が始っていた。そして、その赤

黒い色は、黒い深海の色に連続的に繋がっていた。赤黒い色は、珊瑚な

のか、それとも岩なのか、海面の揺れととともに、そのイメージが揺れ

て、まるで私をその場所へと、そしてさらにその先の底知れず深い水の

中へと誘っているようかのようだった。その光景を見た時、今まで感じ

たことがないような戦慄が、私の心の底で生まれ、全身へと伝染してい

った。私は、うわっと叫びそうになった。それは、この上なく恐ろしく、

そして魅力的な光景だった。しかし、その光景を見続けていれば、深海

へと引き込まれてしまうような気がした。

 私は、目をそらし、その場でしゃがみ込んだ。そして、珊瑚に手をつ

けて、心が落ち着くのを待った。

 

 珊瑚礁の中のラグーン(礁湖)の水深は浅い。しかし、珊瑚礁の外側

はすぐに外海になっていて、急速に深く落ち込んでいる。実際、ラグー

ンの外側は、急激に数キロメートルの深さになることがあるという。私

が見たのは、ラグーンが終わって外洋が始る、その急激な落ち込みだっ

た。あの恐ろしい赤黒い色は、人間の間尺に合った平穏さから人間のス

ケールを冷笑する暴力的な広大、深淵への変化を表していたのだ。

 

 私は立ち上がり、降り向くと、陸の方へ向かって歩いた。次第次第に、

昼下がりのラグーンの平穏の気配が濃くなり、私は再びゆったりと呼吸

し始めた。

 私は、青いヒトデを再び見つけて、そこにしゃがみ込んだ。プールの

中のヒトデに触れて、触感を確かめた。

 

 さっき見たものは何だったのだろう?

 私は、何か見てはいけないものを見てしまった気がしたし、また、何

か通過儀礼を果たした気分にもなっていた。

 そして、唐突に、ビーチの波紋が海底に黄金色の光のチェーンを投影

する穏やかな海も、あの恐ろしい赤黒さの向こうの外洋の深淵も両方知

っている魚になりたい、そう思った。

 

● <Outdoor Scientist Seriesへの御感想をお待ちしております。>

 

Outdoor Scientist Seriesは、Qualia Mysteryの夏の特別企画として、

今回を含めて5回発行されました。

 

第1回 宙を舞う光の渦 Banff, Canada (1999.6.12)

第2回 闇に輝く光の玉 Manaus, Amazon (1999.6.28)

第3回 制御できないものを求めるー志賀高原 (1999.8.4)

第4回 もの言わぬものたちへの思いー沖縄、渡嘉敷島 (1999.8.19)

第5回 珊瑚の端の深淵ーUbea, New Caledonia (1999.9.3)

 

これらのbacknumberは、

 

http://www.qualia-manifesto.com/qualia-mystery.html

で読むことができます。

 

Outdoor Scientist Seriesへの御感想を、

kenmogi@qualia-manifesto.com

まで是非お寄せ下さい。

御感想をお送り下さった方には、必ずお返事いたします。

 

また、Qualia Mystery Rave Session #1〜#3」(released on 13, 16 &

27 July)への御感想もお待ち

しております。

 

◆ 脳科学ニュース ◆ 見えているのに見えないーinattentional blindness

 

 私たちは、パーティーなどで夢中になって話している時、視野の中を親

しい友人が通っても、その友人の存在に気が付かないことがあります。後

で、「おれはお前に合図したのに、気が付かなかったな」と非難されても、

全く記憶がない、そのようなことがあるものです。

 Arien Mack & Irvin Rockの書いたInattentional Blindness (1998)

M.I.T. Pressは、私たちが、視野の中の視覚情報の大きな変化に気が付か

ないことがあるということを著者たちの研究成果をまとめる形で示し、

視覚心理の研究者達の間で注目を集めています。視覚的アウェアネス

(ぼんやりと外界を見ている状態)の中には、膨大な情報がクオリアと

して存在しています。MackとRockが示したのは、私たちは、これらの

膨大な情報のほとんどに実は「気が付いていない」ということです。

「気が付いていない」から、それを記憶に残すこともできないし、後

に言葉で報告することもできません。このようなinattentional blindness

(注意の不在によって見えないこと)が、従来考えられていたより広く

存在することが確認されつつあります。

 心の時間の瞬間瞬間としてのクオリアとしては「見えている」のに、

それが記憶や言葉による記述といったモジュールに送られていないので、

その意味では「見えていない」、すなわち「見えているのに見えていな

い」ような状況が、inattentional blindnessなのです。

 今後必要な研究は、私たちが何かを「見る」ということに含まれてい

る様々な異なるモジュールを明確にし、そのようなモジュールが集まっ

たシステムとしての視覚のあり方を明らかにしていくことでしょう。

 

Mack & Rockの本の内容は、

 

http://psyche.cs.monash.edu.au/v5/psyche-5-03-mack.html

 

に詳しく紹介されています。

 

 

===Released from qualia-manifesto.com====================

 

<私>はクオリアと出会う志向性の束として成立する。

 

<触れて感じる緑の表紙、心脳問題のiBook>

茂木健一郎 「心が脳を感じる時」

講談社より7月28日Release、1800円

 

http://www.trc.co.jp/trc/book/book.idc?JLA=99032824

 

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○電子メールマガジン「クオリア・ミステリー」1999/09/03

発行者:茂木健一郎 (脳科学者)

電子メイル kenmogi@qualia-manifesto.com

http://www.qualia-manifesto.com/qualia-mystery.html

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