=== Qualia Mystery ========================================
クオリア・ミステリー
OUTDOOR SCIENTIST #4 (1999/08/19)
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クオリアとは、「赤い色の感じ」のように、私たちの感覚を構成する
ユニークな質感を指します。
クオリア・ミステリーは、科学的アプローチを基礎に、様々な側面
から心と脳の関係について考える未来感覚マガジンです。
このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を
利用して発行しています。( http://www.mag2.com/ )
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#Qualia Mystery Regular Issueは、2 stages, 16 issuesを刊行後、
現在夏休み中です。3rd Stageは、9月に再開予定です#
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-> http://www.qualia-manifesto.com/qualia-mystery.html
[ Qualia Mystery] <Outdoor Scientist>
(4th release of the Outdoor Scientist Series)
Outdoor Scientist Seriesは、Qualia Mysteryの夏の特別企画として、
6月〜8月の間に数回発行される予定です。
Contents
・もの言わぬものたちへの思いー沖縄、渡嘉敷島
・脳科学ニュース 「心の理論」
●もの言わぬものたちへの思いー沖縄、渡嘉敷島
数年前の春、私は渡嘉敷島にいた。島の南西部にある阿波連の白い砂浜
に、マルオミナエシの貝殻がたくさん落ちていた。マルオミナエシの貝
殻の模様は独特であり、そのひとつ一つが時には山々の頂のように、時に
は「止」や「山」といった漢字のように、また時には波が砂浜に残してい
た文様のように見える。貝殻の中には、波に揉まれ、砂に磨耗して模様が
すり切れ、その模様の名残を残しているだけのものもあった。
浜辺を歩く人間にとっては奇妙な模様のついた、一時的な収集の興味
を満足させるものに過ぎないマルオミナエシの貝殻の一つ一つは、実は
マルオミナエシの一つ一つの個体の「生」の歴史の痕跡である。私たち
は、マルオミナエシという貝が、その成長の過程で貝殻の独特の模様を
描き上げていく過程を想像することはできても、それをはっきりとつか
むことはできない。珊瑚礁の中で幼生として生まれ、懸命に餌を食べ、
仲間の多くを失い、波に揺られ、太陽の光を感じ、砂に潜り、異性を求
め、やがて何らかの理由で力つき、貝殻のみを残して自らは屍となり、
そしてその貝殻が砂浜に打ち上げられ、人間によって発見されるまでの
マルオミナエシの生は、決して誰にも知られずに、密やかに行われる。
私たちの手元にあるのは、そのようなマルオミナエシの生の痕跡として
の貝殻だけである。
島の美しいサンゴの海の周辺には、様々な「もの言わぬもの」の生が
満ちあふれていた。海燕や、ゆったりと飛ぶ蝶、そして、珊瑚礁にすむ
名も知らぬ色鮮やかな魚たちーーこれらは、私たち人間の作り上げた「
言葉」、そして「歴史」や「文明」といった「流通性」や「操作性」の
ネットワークに決してのることのない、物言わぬもの、無に等しいもの
である。もし、大手の資本が、リゾート開発という文明の中で流通する
ことのできる記号をもって乗り込んでくれば、これらもの言わぬものた
ちは、ひとたまりもなくどこかへ追いやられてしまうであろう。古代の
アミニズムの精神がもの言わぬものたちの存在を直感的に感じとってい
たとすれば、私たちの「歴史」や「文明」は、これらもの言わぬものた
ちを切り捨て、人間の間だけで流通する「言葉」のネットワークを構築
することから始まったのだ。
阿波連の美しい浜辺を歩きながら、私はおよそそのようなことを考え
ていた。
やがて、島を去る日が来た。船は、汽笛を鳴らすと、ゆっくりと港を
出ていった。船が次第に旋回するのを感じながら、私の胸は、渡嘉敷島
で見てきた「もの言わぬものたち」への想いでいっぱいだった。少なく
とも、その時の私には、彼ら「もの言わぬものたち」は、私たちの文明
の中で流通するものと同じように、あるいはそれ以上に価値があるもの
のように思われたのである。
船は、那覇港を目指して航行していた。私は、那覇がビルの林立し、
車が行き交う、文明の都であることを思い出していた。私は、渡嘉敷島
に残してきた「もの言わぬものたち」を思い出しながら、暗然とした気
持ちになっていた。その時の私には、人間が操作し、管理することので
きる人工物=「言葉」に支えられて運営されている文明に対する違和感
が非常に強く感じられていた。
船が那覇までの行程の半分ほどを過ぎた頃であろうか。船の後方を振
り返った私は、意外なことに気がついた。渡嘉敷島もその一部である慶
良間諸島の島影が、水平線の彼方におぼろげながら見えていたからだ。
心の中で、「文明」の世界への再突入の準備をしていた私にとって、慶
良間諸島の姿がまだ見えていたことは、新鮮な驚きだった。
それから三十分くらいの航海の様子を、私は忘れることができない。
船の前方には、次第に那覇の港が近づいてきていた。大型船、小型船が
行き交い、灯台が見え、浮標が点在し、海面にはオイルが浮き、飛行機
が上空を飛び、そしてビル群はますます大きく見えてきた。これらのも
のが、「文明」を構成する「言葉」であることが、その時痛切に私の胸
に迫ってきた。好きであれ、嫌いであれ、私たちの文明は、これらの
「言葉」、私たちが作り出し、流通させ、操作する「言葉」から成り
立っているのである。一方、船の後方には、なつかしい慶良間諸島の島
影が見えていた。その姿は、自然が数十億年かけて作り上げてきた豊か
で多様な世界、それにも関わらず私たちの「文明」という言葉のネット
ワークの前では、「もの言わぬもの」、「流通しないもの」であるもの
たちの世界を象徴していた。その時の私には、那覇と慶良間諸島が代表
する二つの世界が、私の乗った船から同時に見えたということは、きわ
めて意味深いことのように思われたのである。
船が那覇港に着いても、慶良間諸島は依然として洋上遥か彼方に見え
続けていた。私は、「言葉」以前の、「もの言わぬものたち」があふれ
る世界から、「言葉」が飛び交い、流通するものがあふれる文明の世界
へと戻ってきたのである。
人間にとって、「言葉」とはマルオミナエシの貝殻のようなものだ。
「言葉」は、私たちの生の痕跡の、ほんの一部分の、不十分かつ誤謬に
満ちた証人に過ぎないのである。それにも関わらず、人間は「言葉」に
すがって生きていかざるを得ない。「言葉」という貝殻に、必死になっ
て自分の人生の模様を書いていくしかないのである。
だが、もの言わぬものたちが存在しないわけではない。
私は、蟻の様子を見るのが好きだ。蟻が巣をつくっているのを見ると
き、その動作の不可思議さが私の心を強くとらえる。今、この特定の場
所、特定の時間に、蟻の足の下にある砂の様子や、草を揺する風の動き
や、それらを全てを照らしだす太陽の光がどうしてこのような形で世界
の中に現れたのか、不思議な感じがする。そのことは、どんなに科学が
発達しても決して解くことのできない謎である。
私の心は、もの言わぬものたちとともにある。
(茂木健一郎「生きて死ぬ私」(徳間書店)より)
http://www.trc.co.jp/trc/book/book.idc?JLA=98028745
◆ 脳科学ニュース ◆ 「心の理論」
心の理論(Theory of Mind)とは、他人の心の状態を推測する能力
を指します。Baron-Cohenらによる有名な実験の中では、幼児の前で、
次のような劇が行われます。
<劇>
女の子が、人形で遊んでいたが、そのうち、その人形をテーブルの上の
帽子の下に隠して部屋の外にいってしまった。その後、母親が部屋に入っ
てきて、帽子の下の人形をおもちゃ箱の中に移して、ふたをした。母親が
部屋から出ていったあとで、女の子が部屋に戻ってきた。女の子は、また、
人形で遊ぼうとする。
ここまで劇を見せた後に、幼児に、「女の子は人形を探そうとして、ど
こを見ますか?」と尋ねます。もちろん、正解は、「帽子の下」です。
しかし、「心の理論」ができていない幼児は、「おもちゃ箱の中を探す」
と答えてしまします。劇を見ていた幼児にとっては、「今、人形はおもち
ゃ箱の中にある」という情報があるので、それを前提に考えてしまうわけ
です。「心の理論」が成立しないと、「女の子の心の中には、「今、人形は
おもちゃ箱の中にある」という情報は存在しないのだ」という推論が
働かないわけです。
いわゆる「自閉症」の子供たちの中に、「心の理論」がうまく成立しな
い子供が高い確率で見られることから、「心の理論」は、自己と他者の
関係の認識を含めた、人間の認知過程における本質的なモードとして
注目されています。
====Qualia Mystery Recommends========================
Qualia Mysteryは、次の本を推薦します。
・「脳の中の幽霊」
(V・S・ラマチャンドラン、サンドラ・ブライクスリー著、山下篤子訳)
角川書店 1999年7月
原著 Phantoms in the Brain. V.S.Ramachandran and Sandra Blakeslee (1998)
2000円
http://www.trc.co.jp/trc/book/book.idc?JLA=99033902
・「ペンローズのねじれた四次元」
竹内薫著 講談社ブルーバックス 1999年7月
940円
http://www.trc.co.jp/trc/book/book.idc?JLA=99031556
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===Released from qualia-manifesto.com====================
<志向性がクオリアと出会う時、私は「赤」を感じる>
茂木健一郎 「心が脳を感じる時」
講談社より7月28日Release、1800円
http://www.trc.co.jp/trc/book/book.idc?JLA=99032824
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○電子メールマガジン「クオリア・ミステリー」1999/08/19
発行者:茂木健一郎 (脳科学者)
電子メイル kenmogi@qualia-manifesto.com
http://www.qualia-manifesto.com/qualia-mystery.html
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