=== Qualia Mystery ========================================
クオリア・ミステリー
OUTDOOR SCIENTIST #3 (1999/08/4)
===========================================================
-------------------------------------------------------------
クオリアとは、「赤い色の感じ」のように、私たちの感覚を構成する
ユニークな質感を指します。
クオリア・ミステリーは、科学的アプローチを基礎に、様々な側面
から心と脳の関係について考える未来感覚マガジンです。
このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を
利用して発行しています。( http://www.mag2.com/ )
------------------------------------------------------------
#Qualia Mystery Regular Issueは、2 stages, 16 issuesを刊行後、
現在夏休み中です。3rd Stageは、9月に再開予定です#
backnumbers
-> http://www.qualia-manifesto.com/qualia-mystery.html
[ Qualia Mystery] <Outdoor Scientist>
(3rd release of the Outdoor Scientist Series)
Outdoor Scientist Seriesは、Qualia Mysteryの夏の特別企画として、
6月〜8月の間に数回発行される予定です。
Contents
・制御できないものを求めるー志賀高原、1999年夏
・脳科学ニュース 「前頭前野における報酬情報の役割」
●制御できないものを求めるー志賀高原、1999年夏
私は、今、「物性物理夏の学校」に出席するために、志賀高原に来て
います。
昼休みに、私はふらふらと近くのスキー場のスロープを降りていきま
した。夏のスキー場は、背の低い草が生い茂り、とても気持ちのいい散
歩道です。スロープを下り切りそうになった時に、楽譜を手にした男子
学生を先頭に、トランペットを持った女子学生が4人、一列になってス
ロープを上がってきました。
「帰りたいやつは帰ってもいいぞ」
苦しい登り道に息をきらしながら、男子学生がそう言い、笑っていま
す。女子学生も列を崩すことなく、楽し気な歩行を続けます。
まるで小説の一シーンのように、学生たちにとっての夏の一日が過ぎ
て行きます。
スロープの下の谷は、まるでスイスのリゾートのようなロッジが立ち
並んでいて、向かいの緑の斜面に、誰かが吹くホルンの音がこだまして
いました。
しばらく清流で休んだ後、帰り道は、リフトの下の、両側を深い森に
囲まれた小峡谷を上ってきました。峡谷を何度も横切る苦しい道で、何
回も草の壁に阻まれそうになりながら、汗まみれになって登っていきま
した。
森林の横の開けた草地で、ゼフィルス(風の妖精)と呼ばれる、裏が
白く、表が輝く緑色の小さな宝石のような蝶が、二匹絡み合いながら飛
んでいました。お互いに、相手への距離を縮めようとしながら、それで
も衝突はしないようにしながら、渦を巻くように飛び続けます。二匹は、
それぞれの生の一回的な瞬間を飛び続けることによって表現しています。
やがて、一匹がふいと糸に引かれたように梢に向かって飛んで行きまし
た。突然の創発。もう一匹も、慌てて、その後を追います。単純な構造
の蝶の視覚系にとって、緑の海に消えた仲間を再び見い出すことがそれ
ほどやさしいとは思えません。それでも、緑の蝶はキラキラ輝きながら
やがてもう一つの緑のキラキラを捕らえ、二羽はより高い虚空で再びぐ
るぐると螺旋を描きはじめました。
私の周りには、濃密な生命の気配が満ちていました。
少し木陰に入ると、とんぼの群が私を迎えます。足元の草むらの葉で
は、バッタが葉の裏にしがみついています。時折つばめが飛び、それよ
りもゆっくりと、オレンジ色のひょうもんちょうが滑空していきます。
暑い日ざしの底に秋の気配を感じさせ始めさせた高原は、短い夏の生命
の営みの爛熟期にあるようでした。
やっとのことで、スキー場のスロープの頂上へ抜ける、林の中の道に
たどり着きました。
私は、泉鏡花の「高野聖」の中に出てきそうな奥深い森の雰囲気に包
まれました
その時、突然、こんな考えが浮かびました。
人間は、心のどこかで、制御できないものを求めている。
だから、ホラー小説や、ファンタジー小説の中に描かれるような、近
代科学の知識に反するような想像の世界の産物を描きたがるのだ。
自然法則に従って生じる自然現象は、それがどのようなものであれ、
人間にとって理解可能で、原理的には制御できるもののように思える。
人間の精神は、制御可能なものだけに囲まれていると、枯渇してしまう。
だから、超自然的な、非合理の世界の中に、自分には制御できないよ
うな世界への予感を求めるのだ・・・
このような思いが浮かんできたのは、私の回りにある大自然の営みを
感じる中で、自分がいかにも頼りない、小さな存在でありこと、そして、
この自然の営みを自分が制御するのは不可能なこと、そのようなことが
胸に迫ってきたからでしょう。
ホテルという閉鎖空間の中で行われている「物性物理夏の学校」では、
実験や理論の対象が、閉ざされた空間の中で、人間にとって制御可能な
ものである、そのような大前提の下で議論が行われていました。
制御可能性は、近代科学の成立の過程でぜひとも必要だった前提です。
だが、自分にとって制御可能なものだけを相手にするということは、
どこか肝心なところで、人間性の本質を裏切っているようなのです。
制御不可能なものへの感受性を常に開いておくこと、そのことは、自
然に対する謙虚な気持ちを育むだけでなく、私たち人間の精神を、より
十全な状態に保つために、どうしても必要なことなのかもしれません。
◆ 脳科学ニュース◆ 「前頭前野における報酬情報の役割」
私たちは、「情報処理」というものを、価値判断から中立的な、ロ
ジカルなものとしてイメージする傾向があります。例えば、「1+1=2」
という計算は、あらゆる価値判断から自由に行われます。「1」が好き
か嫌いかということで、計算の結果が左右されることはないわけです。
このような、価値中立的な情報処理のイメージは、脳の情報処理を解
析する上でも、主導的な役割を果たしてきました。
例えば、視覚情報を処理する第一次視覚野や下側頭野のニューロンの
活動は、視覚情報の性質にだけ依存し、その情報の「価値」によっては
影響を受けないと考えられています。下側頭野で「バナナ」に反応する
ニューロンが、猿が空腹の時にはより強く活動するというような事実は
知られていません。脳のうち、後頭部からほぼ半分の領域は、視覚情報
を、その価値とは無関係に、「中立的」に解析する領野であると考えら
れているのです。
しかし、感覚、行為の連合が行われる前頭野になると、事情が変わる
ことが予想されます。感覚と行為の連合を、生体にとって生存に有利な
形で行うためには、偏桃核(Amygdala)などから来る価値の情報を反
映した形で活動するニューロンが必要です。
実際、前頭野のOrbitofrontal cortexという領野では、好きか嫌いか、空
腹か満腹かといった価値情報を反映したニューロンの活動が見つかって
います。
このような状況を考えると、前頭野における、価値反映型のニューロ
ンの活動と、後頭野における価値中立型のニューロンの活動を、何らか
の形で媒介するニューロンが存在するのではないかと予想されます。
M.L.Platt & P.W. Glimcher Neural Ccorrelates of decision variables
in parietal cortex. Nature 400, 233-238では、後頭野と前頭野の中間
に位置する頭頂野のLIP(Lateral Intraparietal cortex)という領域で
見い出された、価値中立型と価値反映型の情報処理の中間に位置するニ
ューロンが報告されています。この実験では、猿が一点を注視した状態
で、視野の左側と右側に一つづつ、計2つの点を提示し、猿が眼球運動
をしてそれらの点に注視点を移動すると、ジュースの報酬が与えられま
した。実験を約100試行からなるブロックに区切り、それぞれのブロ
ックの中で、左か右かどちらかの点に注視点を移動した時により大量の
ジュースが得られるようにしました。猿は、最初の数回の試行で、どち
らに注視点を動かせば大きな報酬が得られるか学習してしまいます。こ
の実験で、Plattらは、左右それぞれのターゲット点に対して受容野を持
つLIPのニューロンが、そのターゲット点の報酬が大きいときにより強
く活動することを見い出したのです。
LIPのニューロンは、複数の視覚領域から投射を受け、眼球運動をコン
トロールする運動制御の領野に投射しています。また、視野のうち、一
部の領域(受容野)に提示された刺激に対してのみ活動するという性質
をもっています。このように、LIPは、視覚情報を、眼球運動に反映さ
せる際の重要なステップを担っていると考えられますが、今回、この情
報処理の過程で、視覚刺激に結び付けられている報酬の大小、すなわち、
その視覚刺激の価値がニューロンの活動に反映されることが見い出され
たわけです。
この実験に見られたような、価値中立的な情報処理と価値反映的な情
報処理の結びつきは、今後の脳科学の大きなトピックになっていくと予
想されます。
====広告==================================================
<クオリアと志向性に基づく意識の新理論
なぜ、私は「赤」を感じるのか。
「私」は脳内現象に過ぎないのか?>
茂木健一郎 「心が脳を感じる時」
講談社より7月28日Release、好評発売中。
==========================================================
===========================================================
○電子メールマガジン「クオリア・ミステリー」1999/08/04
発行者:茂木健一郎 (脳科学者)
電子メイル kenmogi@qualia-manifesto.com
http://www.qualia-manifesto.com/qualia-mystery.html
↑読者登録、解除、バックナンバー閲覧ができます。
http://www.tcup1.com/155/kenmogi.html
↑クオリア・ミステリー掲示板開設中
http://www.freeml.com
↑心脳問題メイリング・リスト開設! 検索、申し込みはこちら
【クオリア・ミステリーは、転載、転送を歓迎します。】
=======================================Qualia Mystery ====