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=== Qualia Mystery ========================================

         クオリア・ミステリー

         OUTDOOR SCIENTIST #2 (1999/06/28)

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クオリアとは、「赤い色の感じ」のように、私たちの感覚を構成する

ユニークな質感を指します。

クオリア・ミステリーは、科学的アプローチを基礎に、様々な側面

から心と脳の関係について考える未来感覚マガジンです。

このメールマガジンは、インターネットの本屋さん『まぐまぐ』を

利用して発行しています。( http://www.mag2.com/ )

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#Qualia Mystery Regular Issueは、2 stages, 16 issuesを刊行後、

現在夏休み中です。3rd Stageは、9月に再開予定です#

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-> http://www.qualia-manifesto.com/qualia-mystery.html

 

[ Qualia Mystery] <Outdoor Scientist #2>

 

(2nd release of the Outdoor Scientist Series)

 

Outdoor Scientist Seriesは、Qualia Mysteryの夏の特別企画として、

6月〜8月の間に数回発行される予定です。

 

Contents

・闇に輝く光の玉ーManaus, Amazon

・脳科学ニュース 「右目と左目のジグソーパズル」

 

● 闇に輝く光の玉ーManaus, Amazon

 

 スケールの差がとんでもない質の差になる。

 規模の暴力。

 数年前、私はサンパウロからマナウスに向かって飛びながら、そのよ

うな言葉をつぶやいていた。

 緑のカーペットが、1時間も2時間も、飛行機が飛んでいる限りまる

で一枚の海苔のようにずっと続いている異様さ。そして、その中に、く

ねくねと曲がりながら流れていく水の通路以外に、緑のカーペットの広

がりを中断するものが一切ないことの異様さ。まるで、いつまでも耳か

ら消えない耳鳴りのように、アマゾンの緑は眼下に広がっていた。

 翌日、私はリバー・ボートに乗って、川に浮かぶフローティング・ハ

ウスへ向かった。そして、その夜、私たちは、懐中電灯を持ち、鰐を見

に出かけた。

 舟は、やがて、ネグロ川本流に出た。案内役の青年が舟の舳先に腹這

いになって、懐中電灯で岸を照らしている。いくら目を凝らしてみても、

岸には黒い水際が帯となって見え、その上に、潅木のしげみがわさわさ

と辛うじて感じられるだけである。

 私には、このようなやりかたでワニが見つかるとは思えなかった。

 それでも、舟は再び支流に入り、次第に狭まっていく水路をまるで目

的地を確信しているかのように進んでいった。やがて、舟のエンジンの

スイッチが切られた。一瞬のうちに訪れた静寂の中に、密林の中から様

々な物音が聞こえてきた。

 ゆらゆらと舟は揺れる。密林のシルエットは川の水の塊よりもやや濃

い黒の帯となって、星の瞬く空の黒に続いている。油のように滑らかで、

ミルクをほんの一滴たらしたフレンチ・ローストのコーヒーのようにほ

んのりと黒いネグロ川の水に揺られて、私は、いつのまにか夢と現実の

間をさ迷っていた。

 はっと気がつくと、青年が懐中電灯を振り回していた。そして、彼の

手には長さ三十センチほどの物体が握られていた。鰐だ! 子供の鰐だ!

 私の眠気が、非常に緩慢に、しかし確実に醒めて行く。

 青年が早口で説明する。鰐には、二つの目蓋がある。一つは、普通の

目蓋で、こいつは下から上に閉じる。もう一つは、その内側にあって、

鰐の鼻腔の側から、外側に向かって横方向に閉じる。内側の目蓋は透明

で、水の中を泳ぐときはこの目蓋だけを閉じる。青年は、鰐の二つの目

蓋を実際に閉じたり開いたりして見せた。鰐は観念したのか、なされる

がままだ。やがて、鰐は、裏返しになって、夜目にも白い腹をさらけ出

した。私は、鰐の腹を撫でてみた。ぷよぷよとした、マッシュルームの

ような感触だ。こんな仕打にも、は虫類のゆったりとした中枢神経系

は、とりたてた反応を示さない。

 再び舟が動きだした。青年は、懐中電灯を上下に揺らして、エンジン

にへばりついている中年の男に合図を送る。やがて、目的の地点がいよ

いよ近付くと、エンジンが切られる。青年は、腹ばいになって懐中電灯

を照らしながら、オールで舟を漕ぐ。岸が近付くと、水から枝の先を出

している水浸性の低木をかき分けて進む。その時になって、やっと私に

も見えた。眼だ!オレンジ色の生命の炎を燃やす眼が一対、暗闇の中に

光っている。闇に輝く光の玉だけが、そこにある種の意志をもった生物

が潜んでいることを伝えていた。

 その夜、幾対の光の玉を見たことだろう。

 私たちは、川岸に潜む光の玉たちと、すべてを包む暗闇の広がりを共

有していた。その共有の感覚が、この上なく素晴らしかった。

 何匹かの鰐たちの腹をなで、フローティング・ハウスに戻っていく舟

の中で、私は穏やかに全てを溶かしこんで行くような幸福の感情を味わ

っていた。ネグロの水の緩やかなうねりが、どこか宇宙的な母胎感覚を

はらんだ媒体となって、私を、青年を、中年の男を、川岸に潜む無数の

鰐を包んでいた。やがて、もうすでに蝋燭の火も消されたフローティン

グ・ハウスの白いシルエットが密林の黒いキャンバスを背景に微かに見

えてきた時、私の中に浮び上がってきたのは、安堵感というよりは、も

う少し長い間ネグロ川のゆったりとした水の流れに身を委ねていたかっ

たという、名残惜しさの感情だった。

 今、東京にいる私にとって、あのアマゾンの暗闇はあまりにも遠い。

こうして、私たちが文明の都できらびやかな光に包まれている間も、ネ

グロ川の支流では、たくさんの光の玉が暗闇に潜んでいることだろう。

あの光の玉たちを優しく包んでいた闇を、今ここで強いて探そうとすれ

ば、それは私たちの無意識にしかないだろう。多くの人が、文明は無意

識=暗闇の抑圧によって成り立っていると語っている。暗闇の意味を本

当の意味で突き詰めることのできる「星の時間」は、文明の中に住む私

たちにはなかなか訪れないのである。私たちにできることは、文明の光

の中で、時折、私たちの心の中の暗闇に思いを致すことだけなのだ。

 

◆ 脳科学ニュース◆  「右目と左目のジグソーパズル」

 

 右目から入った像と、左目から入った像が、まるでジグソーパズルの

ように互い違いに組み合わされて、心の中に見える像になる。

 このような奇妙な現象が、実際に起こるのです。

 右目と左目から視野の同じ位置に異なる像を提示した場合、

「両眼視野闘争」(binocular rivalry)という現象が生じます。例えば、

左目からは縦縞を、右目からは横縞を提示した場合、視野のある位置に

は縦縞が、別の位置には横縞が見え、この見えのパターンが刻一刻と

変化します。

 Kovacsらは、When the Brain Changes its mind:Interocular

grouping during binocular rivalry. Proc. Natl. Acad. Sci. 93, 15508-

15511 (1996)で、猿の顔とジャングルのイメージをジグソーパズルの

ようにばらばらにして互い違いに右目と左目に提示した場合、「全体が

猿」に見えたり、「全体がジャングル」に見えたりすることを報告

しました。つまり、右目からの像が見える領域と、左目からの像が

見える領域が、視野の中でジグソーパズルのようにばらばらに互い違い

になるわけです。このようなことが起こるためには、脳の中の

形や色を解析している高次の視覚野からの情報が、右目と左目の

どちらの情報を優先させるかをコントロールしていなければなりません。

脳は、すでに出来上がった像を受動的に見るのではなく、

ばらばらのイメージから、一つの統一されたイメージを能動的に作り

だしているのです。

 (私と金沢工業大学の田森佳秀は、この「右目と左目のジグソーパズル」

の非常に面白い例を最近見い出し、現在研究を進めています。)

 

 

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茂木健一郎

「心が脳を感じる時」

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クオリアこそが、心脳問題のハードプロブレム

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http://satellite.nikkei.co.jp/pub/science/page/qualia/qualia.html

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○電子メールマガジン「クオリア・ミステリー」1999/06/28

発行者:茂木健一郎 (脳科学者)

電子メイル kenmogi@qualia-manifesto.com

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